何だかよく分からないアホな適当ショートストーリーで頭の休息を。
それが「かえる劇場」のモットーです。
あまり期待せずに気楽に見てね♪
寿司の境界
ふう、やっと休憩時間だな
何だか今日はお寿司が食べたい気分だ
あれ、こんなところに寿司屋があるぞ
「寿司処・境」か、よし入ってみよう
いらっしゃいませ
すいません、それではマグロの握りをお願いします
はい!マグロ一丁!!
(雰囲気といい、店主の活気といい当たりの店っぽいな)
どうぞ!
・・・あれ、すいません
どうしました?
あの、僕マグロのお寿司を頼んだんですけど
はい!左様でございます!
返事が大きいな!
すいません、あのこれはただのマグロの刺身ですよね
いえ!寿司でございます!
すいません年始でそのテンションはきついのでトーンをピアニッシモにしてください
あのどこにもお米がありませんけど
いえ、刺身の裏をめくってください
声の対応が早い、打てば建物の最上階まで響くタイプの人だ
刺身の裏?
・・・・・
・・・お米が一粒ついてますね
お寿司でございます
いえ、違います
これは米粒が付いた刺身です
さてお客様、ここにきていよいよ事の本丸に近づいてまいりました
お寿司という本丸からは遠く離れた地平にいると思います
ていうかいきなりの口調の変化に驚きです
それではこちらのお寿司はどうでしょう?
どうぞ
・・・刺身の裏に米がビー玉くらいのサイズでくっついてますね
あなたは先ほど、私が出した品を寿司ではないと仰いました
ではこのビー玉サイズのお米が付いてきた場合、それは「寿司」なのですか
実に微妙なラインですね
ようやくお気づきになられましたか
我々がいかに「境界」の概念をあいまいに捉えてきたことが
いや、どうでもいいから寿司を食わせて下さい
そうなのです
ご指摘の通りこの「寿司処・境」はその曖昧な概念に終止符を打つために、私が私財を投げうって開店した、考えるタイプのお寿司屋なのです
何も指摘してませんし、いいから飯を食わせやがれ
それではこちらの品をお出ししましょう
おっ、鶏ガラのいい匂い
寿司を食べる時はあら汁が好きだけど、まあスープが飲みたい気分だったからいいや
・・・・・
・・・丼の奥の方にちじれた麺が3切れゴミのように入っている
さてこれはラーメンでしょうか鶏ガラスープでしょうか
ラーメンか鶏ガラスープかはともかく、非常に不快な品であることは確かです
なるほど、そんな不快な思いをしているお客様のお腹を満たすために「おにぎり」のサービスを当店では実施しています
はい!おにぎりです!
・・・何もありませんけど
先ほど、裏返した刺身の裏を見てください
相変わらず米粒が一粒ついてますね
はい、おにぎりです
いい加減にしろよ、この野郎
分かります、お客様のお怒りはごもっともですが、これは人類が考えることを放棄してきたことが悪いのです
我々が今、そのツケを払っているのです
何を払っていようがどうでもいいけど、このままだと私はビタ一文お金を払いませんよ
お怒りなお客様がお気を沈められるよう
ここで音楽の力を借りることにします
お寿司屋にBGMは要らないと思うけど、かけるならかければ
そうですか、ではこちらをご照覧あれ
何ですかこの黒い木の置物は
ピアノです
鍵盤らしきものが3つしかないですが
左様でございます
これは果たしてピアノでしょうか
いかに!
うん、ここまでくると逆にすがすがしくなってくるね
それではその気分を高める為、演奏させていただきます
ド・レ・ド・レ・ド・レ
うん、ドとレだけの連打は頭がおかしくなりそうだからやめて
それは演奏でなく乱打だから
確かにお客様のご指摘の通り、夕焼けだけは朝と夜の中間でありながら名前を授けられていますね
うん、全く何も指摘してないけど、あなたの口調に慣れてきました
確かにそうだし、夕焼けは綺麗ですしね
左様でございます
そして私は脱サラする時に見た夕焼けがあまりに奇麗だったため、こういったお仕事を始めたわけです
逆によくサラリーマンが務まってましたね
なのでここで会ったのが何かの縁ですし、お客様には私のささやかな希望に付き合って欲しいのです
私にとっては何の得にもならない縁ですが、一応聞かせてもらいましょう
私は夕焼けのように、中間の形態たちに厳かな名前を与えてあげたいのです
そしてその名前たちは私の脳内でほぼ出来上がっているので聞いていただけますか
どうぞ、ご自由に
それでは私たちの出会いからの軌跡を振り返りながら名前を付けていきましょう
まずはマグロのお寿司からです
わずか10分前の軌跡を振り返ることになるとは思わなんだ
刺身に米粒一つの状態
これは「ざじみ」です
何か濁点を付けるだけでそれっぽくなるから不思議だ
そしてビー玉のご飯の状態は「ざーじみ」です
ビー玉の語呂に大分引きずられているな
それではここから「寿司」までを一気に行きます
さしみ→ざじみ→ざーじみ→ざじ→ずーじ→ずじ→すし
うん、言葉はともかく
どの言葉の時にどのくらいのご飯なのかが実に気になる
次は「ラーメン」です
とりがら→とりからたん→おとりたん→とたんたん→タンメン
うん、これに関しては違うメニューが出来上がってますね
進化の失敗が起こってます
次は「ピアノ」
ピ→ピノ→ピアノ
中間に市販のアイスが入っちゃってます
ありがとうございます
いよいよ決心がつきました
私は音の羅列を聞いただけで何もしてませんが、どうしました
今日でこの「寿司処・境」は閉店です
私は本格的に境目と対峙します
というと
世の中には完成形に満たない宙ぶらりんなモノたちが沢山います
そいつらに名前と活躍する場所を与える、「雑貨店」を開こうと思います
なるほどさっきの鍵盤3つのピアノみたいのを売るということですか
そうですピノを売ります
ピノは市販のアイスなので、その名前はやめてください
もしよろしければ、あなたにもお手伝いして頂きたいのです
ふう、実は私も今のサラリーマン生活に疲れていましてね
何だか意味の分からないことに熱中したい気分だったんです
ということは協力していただけるんですか
ええ、二人で宙ぶらりんのモノたちのレクイエムを奏でてやりましょう
二人の店は開店してすぐに、物珍しさからSNSで話題となり、大繁盛し大成功を収めた。
しかし、1年後には飽きられ、あっという間に倒産したのだった。
<完>