瞬間循環-11

<姉>

 さていよいよ私の戦いも大詰めを迎える。
 次に向かうのはプールだ。

 言うまでもなく生命は海から生まれた。
 そして私は、今まで学校という知恵の門を開き、科学の新しい可能性をこじ開けてきた。最後に辿り着くのが、生命の源であるプールなのは自明の理だ。

 階段を下りて、1階まで戻り下駄箱を抜け校庭に出る。
 そしてすぐに右の渡り廊下へ向かう、道なりに進むと巨大な体育館が見えてくるが、夜に見ると白い外壁が一段と目立って見える。

 人工的な白い壁の光を通り過ぎると、いよいよ灰色のコンクリートの城壁で囲まれたプールのお出ましだ。

 コンクリートの城壁の短い階段を、最上段まで登る。登山者に開かれているのはここまでで、プールサイドに行くには、鍵をかけられた鉄柵を攻略しなくてはならない。

 しかし、この場面の切り抜け方は、既に脳内でシュミレーション済みだ。

 まず扉の横のコンクリートのでっぱりに足をかける。そのままコンクリートの上にのぼる。

 そして今度は鉄柵の扉本体に手をかけて、そのまま鉄柵の上のわずかな陸地に全身をのせる。

 狭い面積の陸地の上に長くはいられない。着地点に狙いを定め、ジャンプする。
 あとは膝を使いダメージを軽減し着地するのみ。

 2、3回上記のイメージを繰り返してから、すかさず行動に移る。

 驚くほどイメージ通りに体が動くことに高揚感が走り、快感が脳を刺激する。

 見事に鉄柵の頂点に私の全体重が乗っかる。後は飛び降りるのみだ。

 すとん

 ううむ、我ながら実に見事な着地である。

 着地の余韻に浸りそうになるのを自制して、すぐに膝をまっすぐ伸ばしストレッチする。これからのことを考えるに、こんなところで体を痛めるわけにはいかない。

 しっかり四肢を伸ばした後、深呼吸して辺りを見回す。

 夜のプールサイドは、校庭よりも大分高い場所にあるということもあり、月がとてもくっきり見えた。

 まるでコンパスで描いたような、完璧な満月だったことに初めて気付く。手を伸ばせば届きそうな距離だ。

 そしてそんな月の煌めきが、はがれかかった水色のコンクリートを照らし、灰色の地肌をところどころにさらけ出させている。

 それは時間から忘れ去られ、もう何百年も誰も訪れていない水辺の遺跡のようで、そこに散らばっている落ち葉の茶色が、歴史に更なる哀愁を添えている。

 そして、その遺跡の本体であるプールの水は茶色く濁っており、緑の藻がところどころに浮いていた。

 とりあえず、端に付いている飛び込み台に腰かけて休憩することにする。
 ここまでノンストップで戦ってきわけで、休息をしっかり取ることも大事な戦略だ。

 ペットボトルで水分補給したあと、脳内でこのあとの計画をシュミレーションする。
 うん、どう考えても抜かりはない。

 さていよいよ作戦スタートだ。

 私はリュックを下ろし、そこからココアパウダーの袋を取り出した。
 そしてふんっと、その袋の口を開け、しゃがんでプールに一気にその粉を流し込む。

 おそらく、プールもまさか自分の味を甘く変えられるとは思っていなかっただろう。
 しかしこれは小手調べに過ぎず、これから起こることの第一楽章に過ぎない。

 今度は、先ほどのビーカーとフラスコ、そしてビート版の欠片一つを取り出す。

 プールのコースの飛び込み台の上に取り出したものを置き、色々なパターンを考えてみる。

 色々脳内で試した末に、最初のインスピレーションが与えてくれた形に勝るものは無いことが分かったので、当初の予定通り作業を開始する。

 とはいえ作業の手順は少なく、簡単だ。

 セロテープでしっかりと、ビート版の欠片の右側にフラスコを固定、続いてビーカーは左側に固定する。これで完成だ。

 近くで見ると、子供の悪ふざけと気まぐれの産物にしか見えないが、少し遠くから眺め、フラスコの細長い管を煙突に見立てると、蒸気船みたいに見えないこともない。

 これは近くのものが、遠くから見えるものより正確に真実を映しているとは限らないことの証左だろう。

 私はさっとプールの側面に移動して、茶色い水の上に蒸気船を浮かべる。
 しっかりと浮いた。いい感じである。

 そしてゆっくりとビーカーの腹の部分を押す。
 すると蒸気船は、ゆらゆらとプールの中央へと向かっていった。

 そのまま中央に辿り着くと思いきや、船は緑の藻にからめとられる。
 藻と一緒にぷかぷかしている姿を、月灯りが煌々と照らしている。

 一見すると、美しく見える状況が顕現する。

 しかし現実を詳細に検討すると、そこにあるのは泥とヘドロと藻に絡めとられ、大量消費の菓子を詰め込まれた科学の空虚な入れ物である。

 外見と現実には乖離があるもの、私はいまその乖離をはぎ取り、繋ぎわせ、本当の現実の姿を暴き出したのだ。

 月灯りの下にさらされた、現実のありのままの姿を全方面から眺めたあと、私は最後の仕掛けに取り掛かる。

 プールの飛び込み台に移動し、リュックの中から取り出した物を置いていく。

 まずは、タイムカプセル(空)だ。
 これは「タイムカプセル」とネットで検索して、一番上に出てきたそれっぽいものを、半年ほど前になんとなく買ったのである。

 次に出したのは、私が行く先々で、いつもこつこつ拾っていた、いろいろな形の石たちだ。
 このリュックの重さは、主に彼らがウェイトを占めていたといっても過言ではない。

 最後に筆箱とお気に入りのレター帳を出して、私のリュックは空になった。

 まずは筆箱と、レター帳だけをもって、隣の飛び込み台に腰かける。
 そこで私は、この夜に手に入れた真理の欠片の数々を書いていく。

 漢文・英語・オリジナルの象形文字を、直観と理性で混ぜ合わせ紙の上に練り込んでいく。
 人類の歴史は文書の歴史だ。文字に残されたとあっては、いかに彼らといえお手上げだろう。

 言葉を書き込む作業を終えると、今度は隣の飛び込み台のタイムカプセル(空)を手に取る。中央のボタンを押し中を開くと、その中にメッセージを入れるミニカプセルが入っている。

 このミニカプセルたちに先ほど書いた私の真言を入れていく。
 そしてそのミニカプセルをメインカプセルに入れ、あまったスペースにお気に入りの石たちを、ガチガチに敷き詰める。

 メインカプセルのふたを閉めてようやく完成だ。

 ここまでの作業がかなりエネルギーを使ったので、再び飛び込み台に腰かけて休む。
 眼を閉じると、夜風やプールサイドの匂いが鼻をくすぐる、鉄の錆びと泥の匂いが混ざった匂いは悪くない。

 さてそろそろ行動開始だ。
 まずはカプセルを持ち、飛び込み台からプールの側面に移動する。重いので一旦プールサイドにカプセルを置く。

 これは想像以上の重さだ。
 手を振ってしびれを直す。まだちょっとじーんとするので、もう少し手をぷらぷらさせる。

 さて、もういけそうだ。

 再び両手でカプセルを持ち、しっかりと狙いを定める。
 そして両手ですくうように私はカプセルをプールに放り投げた。

 奇麗な半円の弧を描き、闇を駆ける「時の球」は、月に浮かぶ船に命中する。

 ガシャン

 一瞬にしてカプセルは、ビート版ごと船を水中に沈めていった。

 鈍い重低音の後、完全な静寂に包まれる遺跡。

 しばらく体を動かすのも忘れ、プール中央の藻が少し残っているだけの水面を眺める。

 正直なところ、私はここまでうまくいくとは思っていなかった。大分時間が経ってから、ようやく喜びの感情が沸き上がってくる。

 プールサイドに腰を下ろす。

 うん、私はきっと伝えることが出来た。

 闇が包むプールの上を月明りが照らしている。まるで何も起きなかったかのような、静かな調和がそこにはある。

 しかし、私はその奥で、確実に何かが変わったことを感じる。

 さてもうここには用はない。長居は無用だろう。
 私はリュックに筆箱とレター帳をしまい、鉄柵のほうへ急ぐ。

 再びここを飛び越えなくてはならないわけだが、ここにきて急激な眠気が私を襲う。
 やっぱり何かしら気を張っていたのだろう。

 この状態で柵を飛び越えるのは大変そうだ。

 そんなわけで、私は飛び越えるのを早々に断念した。

 今となってはここの扉に鍵がかかってなくても、大勢に影響はないというのが私の判断だ。

 私は、鍵を開け、柵の扉から出たのち、扉をふんわり閉めてプールを後にした。

 そのあと、校舎を出てからの記憶が実はあまりない。

 気付いたらベッドに寝ている自分に気付いたが、深夜の暗闇があまりに黒く深かったので、再び目を閉じる。

 そして次に目を開いた時には、やたら白く見える朝日の光が私の体を包んでいた。

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