聖夜-12

 少年が、どうにか運ぶ手段は無いものかと思案していると、急に窓から風が吹き、開かれていた昆虫図鑑のページをパラパラとめくった。

 めくられた図鑑は「図解 昆虫の一生 さなぎ編」という、さなぎのグラビア写真みたいなページをぴらぴらさせている。

「サンタさん」

「なんでスカ」

 少年が、写真を見た瞬間に浮かんだ、やたら鮮明に脳内で描かれたイメージを簡潔に言葉に変換して伝える。

「あの4人を、さなぎみたいに圧縮して、北極に連れていくのはどうですか?」

 サンタはすこし驚いた顔をした後、今日一番とも言える満面の笑みを浮かべる。

 短い付き合いだが、サンタの満面の笑みが見れるのは昆虫関係の話題に尽きるということを、少年はしみじみ実感していた。

「非常に良いと思いマス。確かにさなぎでしたら暴れたり騒ぐこともないですシ、体積も圧縮出来マス。北極に着いたら、私がさなぎから、人間に戻しまショウ」

 ふう、これでようやくだが全ての道筋が立った。

 そして「北極移送」と「さなぎ化」は、労力的にも別個の願いであろうから、願いに関しても7つ全てを使い切ったことになる。

 少年は満足していた。

 もっと良い願いの使い方があったのでは、と思う気持ちが無いではなかったが、今日叶えてもらった願いは、自分の頭で考え、色々な事にも配慮した、今出来る精一杯を出し切ったものだという自信はある。

 それは誰かに植え付けられた様な、均一な欲望のショーウィンドウに並んだものではなく、自分自身のオーダーメイドであることだけは確実だ。そして少年は、それがとても嬉しかった。

 強いて心残りがあるとすれば、何かのタイミングでスマホの画像で見た、クリスマスのイルミネーションを見たかったこと位だが、それは贅沢というものだろう。

 今日の出来事は、普通では体験出来ないような濃厚な数時間であり、サンタとも心が通じ合えた気がし、何より例年と違い一人ではなく、淋しくなかった。それだけで少年としては十分なのであった。

 少年はサンタを見送るために、再び玄関に向かい、そのままサンタと共に階段を降りる。

 そして並んで岩の庭園を超えて、ペルシャ仕立てのソリまで歩いた。

 近くで見るとソリは思いのほか立派であり、少年はもしかしたら、目の前にいる、アジア出身のサンタは、かなり高い地位のサンタなのかもしれないと感じた。

 部屋からは見えなかったが、ソリの前方には赤いロープでしっかりトナカイが繋がれていて、行儀良く足を畳み、ちょこんと座っていた。

「いろいろありがとうございました。もうお別れだと思うと寂しいなあ」

 いよいよお別れの挨拶と思いきや、サンタが短い声を上げて慌ててアパートの方へ戻る。何か忘れ物かしら。

 トナカイを撫でたり、ソリの後ろに積まれているプレゼントの袋を眺めたりしながら、しばらく待っていると、大きな袋を抱えたサンタが戻ってきた。

 抱えた袋の入り口の部分から、ぐにょぐにょした黄色い何かが見え隠れする。

「大事な、さなぎを忘れるところでシタ」

 袋を少し開いて中を見させてもらうと、図鑑で見たカブトムシのさなぎの、人間の子供くらいのサイズの物体がぐにょぐにょしていた。あの男女4人が、このさなぎだということを、分かってはいてもなかなか信じられない。

 黄色とクリーム色の中間くらいな色のさなぎは、中が濁りながらも透けて見えるのだが、その中にある茶色い本体も全く人間のようには見えない。

「本当に昆虫のさなぎみたいですね」

「本当に昆虫のさなぎデス」

 サンタは、自身満面の表情で僕の顔を見ている。

「えっ、中身は人間じゃないんですか」

「違います、現段階では本物のさなぎデス。私の力を持っても中身だけ人間のさなぎなど作れまセン。彼らは今、完全に昆虫のさなぎになっていマス。ただし北極についたときに人間に戻すので、さなぎである期間はわずかでスガ」

 なるほど、つまりさなぎ化するには彼らの成分を人間ではなく、完全な昆虫にしないとダメらしい。冷静に考えれば、中身が人間のさなぎなんて寝袋に入っているのとあまり変わらない。僕たちはキャンプをしに来ているわけではないのだ。

「部屋の時計を元に、羽化する時間も、北極に到着してから数時間後になるように、さなぎの状態を設定しておいたノデ、勝手に成虫になる心配もありまセン」

 帰るときにサンタがやたら時計をみてたのは、そういうことだったのかと少年は納得し、一緒にさなぎ袋ふたつをソリに載せる手伝いをした。

「それでは、また来年会いまショウ」

 サンタが赤いロープを振ると、トナカイが前足を90度持ち上げ、上体を起こし、それと同時にソリが斜めに持ち上がった。そのまま斜めに空に向かうソリから、サンタが手を振ってくれる。

「ありがとう、楽しかったです」

 少年も手を振り返す、徐々にソリは月のほうに向かい、そして肉眼では見えなくなった。
 サンタの姿が見えなくなってからも、少年はしばらく手を振り続けていた。

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