<雑記>ホテルと第二ボタン

雑記

私は月に一回ホテルの昼食バイキングに行くのが楽しみです。

しがないプロレタリアートな私ですが、月に一回はプチセレブ感を味わおうと思い、スマホで調べて2から3000円くらいの良さそうなホテルバイキングに突撃するわけです。

そんなこんなで先日、前に一度利用して良かったホテルバイキングに行った時のことです。

そのホテルは駅のロータリーの奥を少し行ったところにある見た目がかなりエレガントなホテルなのです。

バイキングはホテルの2階にあるので、受付の手前の階段を上り2階に行こうとした私。

すると2階から降りてきた身だしなみを整えた薄い黄色の制服に身を包んだナイスミドルなホテルマンとすれ違ったのです。


彼の感じの良い微笑を追い越そうとした私ですが、瞬間的に違和感を感じます。


はっ!


なんということでしょう。


第二ボタンが無い・・・・・




そのホテルの制服は薄い黄色で統一され、下はズボン、上は前と中央で止めるボタンが5つ並んでいるジャケットという装いだったのですが、そのジャケットの二つ目の部分がぽっかり空白になっているのです。



「あんなにエレガントな立ち振る舞いと微笑を携えた男が、ボタンの不在という安直な不手際を許すだろうか?」


私は、2階でバイキングの受付をして席に案内される間も、心は彼の第二ボタンにくぎ付けになっていました。


果たして一体どんな可能性が考えられるのか?


まず第一は、彼の魅力が諸悪の根源というパターンです。

このホテルでの勤務も10年を越え、違う刺激を得ようとした彼は転職を決意。

そんな彼の記念である第二ボタンを髭が立派な総支配人と、腕が太い料理長が争ったのです。


「いいかワシはこのホテルの総支配人じゃ、お前のクビなどいくらでも飛ばすことができるんだぞ、分かったらワシに第二ボタンを譲りたまえ」

「なるほど、おっしゃることは理解したが、このホテルは俺の料理で持ってるんだぜ、もし俺が違うホテルで腕を振るうのを阻止したいなら第二ボタンをよこしな!」


上記の様な二人の激論が見えるようです。



魅力を端に発する第二パターンとして、ボタンの彼の恋人がホテルのレストランのウェイターである場合も見過ごせません。


誰も居ない調理場で、待ち合わせる彼とウェイターの彼女。

秘密の密会は二人の気分を盛り上げ、激しい口づけと抱擁を交わします。

その時の体の密着と衝突により外れる第二ボタン!

そしてそのボタンはあれよあれよと仕込み中のシチューの鍋の中へ!


結果としてこのホテルの客は、にんじんとジャガイモと豚肉、そしてほくほくの第二ボタンが入ったシチューに舌鼓を打つことになるわけです。


しかし疑わしいところに犯人が居ないのがこの世の真理。

簡単に彼自身が第二ボタン事件の犯人というのは安易というものです。


記憶を辿ってみるとこのホテルの外観は細長いレンガの花壇と素敵な花たちに囲まれていました。


ということはこういう可能性もあります。


元々、花が大好きだったホテルのオーナーは花を植えるだけでは飽き足らず、ホテルの制服のボタンも大きい茶色い花の種にしてしまいました。

ただし種は飢えなければ発芽はしません、なのでオーナーの茶目っ気を従業員は、「まあいいだろう」という余裕のある微笑で許していたのです。

しかしオーナーがあるとき、第二ボタン当番制を発表!

これは当番のホテルマンが第二ボタンの種を外の花壇に埋めて花を育てるというものでした。

もちろん従業員からは不満が噴出します。



「オーナー、我々はただでさえ忙しいのです。それなのに外で花を育てている暇などありません」

「なるほど、しかし君たちはホテルというものの本質を見失っているね、誰かを喜ばしたいという心、それこそがホテルマンの神髄ではないかね、そして喜びのために花を育てる行為、これこそホテルマンとしての意識を育てるのではないかね」


そんな謎の理屈により、第二ボタンが土に還って花を咲かせてる可能性も無きにしも非ずです。




ここである重大なことに私は気付きました。


「そういえば前に来た時、このホテルのエレベーターに乗ったけど2階のボタンの文字だけやたらくすんでいたぞ・・・」


はっ!


まさかあのナイスミドル・・・

第二ボタンをエレベーターボタンにはめ込んだのか(ごくり)


ある時、エレベーターで2階のボタンだけくすんでることに気付く彼、それ以来、ピカピカで輝く他の階のボタンの中で。みずぼらしい2の役割の彼のことが頭から離れなくなりました。

「あいつはまるで学生時代のうだつの上がらない俺みたいだな・・・」


そしてある時、エレベーターに乗ってるときに気付きます。

なんと!エレベーターのボタンと制服のボタンがサイズといい形といい全く同じなのです。

そして彼は迷わずに制服の第二ボタンを引きちぎり、くすんだエレベーターの彼を優しく取り外し、そこに第二ボタンをあつらえたのでした。

役目を果たしたエレベーターのボタンは彼の家の引き出しで眠っているのでしょう。




さてここまで考えてみて、私は席に通されてから全くバイキングに集中してないことに気付きました。

いかんいかん、食べることに意識を集中せねば・・・

しかしそんな私の目にさらにとんでもないものが飛び込んできました。


目の前で主婦友達と歓談しつつバイキングを堪能している二人組のマダム。


そのうちの一人が、肩の部分に装飾としてボタンが縦に並んでいる服を着ていたのです。


しかし・・・・・


右肩の3つ目のボタンが無い・・・・・


なんということでしょう、あんなにエレガントに固めている美魔女なマダムが、こんな不手際を起こすでしょうか?

漏れ聞こえてくる話から推測するに彼女たちは、バイキングだけの利用者ではなく、ホテルの宿泊もしていたのが推測出来ました。


とすると考えられるのはこういうことでしょう。

昨日チェックインした彼女たち、そこで受付を担当したのが総支配人の男性でした。

総支配人「それではお客様、お支払いいただけますでしょうか」

マダム「えっ、お金ならチェックアウトの時じゃないんですか」

総支配人「お客様、このエレガントなホテルに泊まるのにまさか金銭だけで済むとお思いですか」

マダム「・・・何を言っているのかしら」

総支配人「こういうことです」

ブチッ!!

マダム「なっ!!淑女の服になんてことを」

総支配人「私は幼い頃から服のボタンに異常な執着をしてきました。そしてこのホテルの仕事に着いたとき、その執着と仕事の両立を思いついたのです。世の中には何かを得るには代償が必要です。すなわち私はホテルにおいて極上のサービスを提供する、しかしその代わりにお客からはお金と服のボタンを徴収する、実に合理的なシステムです」

マダム「なんてこと!調和された服からボタンを取ることがいかなる冒涜か、あなたは分かっていないというの」

総支配人「いいえ、分かっていますとも、しかしその空間の欠落にこそ、私は美があると信じています。そしてあなたの服は永遠に欠損をかかえ、そして欠損の本体であるボタンはこのホテルで私のボタンコレクションの中で永遠に生き続けるのです。ハッハッハッハー!!!」



・・・なんという恐ろしいことでしょう。


身震いした私の下半身。


しかしその時、ズボンの後ろポケットに違和感を感じました。


なんだろうと思い手を入れる私。


するとそこには新品のズボンを買った時に入っている、替えのボタンたちが透明のビニール袋に入ってました。


先日買ったばかりのズボンの、替えのボタンの存在に今気づいたのです。


しかし、そのビニール袋の中のボタンたちを見て私はとんでもないことに気付きます。

一つだけ色が違うボタンが混じっていたのです。

そしてそのボタンの色は、前の席のマダムの肩のボタンの色と同じ色でした。


まさか・・・・・






私が、ボタン狂の総支配人なのか・・・・・




そういえば昨夜からの記憶が曖昧といえば曖昧な気がします。

昨夜の記憶なんてカップ焼きそばを食べたことしか覚えていません。


まさか、昨夜、私の意識が総支配人となりマダムのボタンを奪ったのか?


だとしたらこれはとんでもなく恐ろしいことです。


私が罪の意識に苛まれながらも、記憶の点検を始めようとしたその時、ついにその声が耳に飛び込んできました。




「ただいまタイムサービスのローストビーフが焼き立てでーす!!」


私は迷わず席を立ちローストビーフの列に並びました。



そうですボタンのことよりも、美味しいお肉の方が大事だからです。


というよりボタンよりもバイキングの方が大事です。


ていうか世の中のあらゆることがボタンより大事です。


そんなわけで、その後私はバイキングをたらふく堪能し、コーヒーで一服した後、優雅な足取りで家路に着いたのでした。

そして家に着いてズボンの替えのボタンをホテルに忘れたことに気付いたのでした。

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