私は常々この「いちご狩り」という言葉に対して疑問を持っています。
「狩り」という言葉からは
獲物とのひりひりするような命を賭けたやりとり
みたいな感覚を連想させるのに、いちご狩りにはまるでその要素がないからです。
家康とか、武将たちが夢中になった「鷹狩り」などは、読んで字のごとく「狩り」だな!と納得出来るのです。
しかしこと、いちご狩りに至っては、丸腰で無抵抗な彼らをにやにやしながら、もぎとり集めていくわけです。
そこには「狩り」という言葉とは正反対な、自分だけは安全地帯にいながらも、楽しみだけは享受するといういやらしい香りがプンプンします。
少なくともイチゴが巨大な羽を生やし、大空を自由に飛び回ったり、細いながらも鍛え抜かれた4本足で、大地を駆け抜けたりしない限り、「狩り」という言葉は使ってはいけないと思うのです。
そんなことをつらつらと考えていたら、いつの間にか見渡す限り、緑の芝生が広がる草原のような開けた土地に出ていました。
駅前からいつもの道を歩いていたと思っていたのですが、どこで間違えたのかしら?
そんなことを思い首をかしげていると、横に人の気配を感じます。
するとそこには、水色のセーターを着た少女が立っていました。
少女の方を向くと、いきなり少女が声をかけてきます。
「私は、狩られたイチゴです。あなたを狩りに来ました。」
とっさの発言に対し、反応出来ない私。
さらに少女が畳みかけます。
「狩るものは狩られる。自然の摂理の厳しさを知りなさい!」
その声と、視線にようやく緊急事態であることを認識する私。
「ちょっと待ってくれ。僕はいちご狩りは子供の頃にしか・・」
「つぶつぶ言ってないで、死ぬ覚悟を決めなさい」
この人「ぶつぶつ」をイチゴだけに「つぶつぶ」って言ったなあと、心の中でしっかりと噛みしめていると、少女は空中から巨大なハサミを取り出しました。
とにかくこのまま狩られる訳にはいかない!
私は少女に背を向け、前方に走りだしました。
しかし少女は想定内だったのでしょう私の前方に何かを投げつけました。
それは、一見すると「とあるゲーム」に登場する「モンスターボール」みたいなデザインでしたが、配色は全て真っ赤で、かつ水玉みたいな大きい黄色いぶつぶつがボール全体を覆っていました。
私の前方に落ちるモンストロベリーボール。
そしてその中から案の定、モンスターが出てきます。
そいつは全身が真っ白で、雪男のようなモンスターであり、雪男と違うのは白い部分が体毛ではなく、スベスベでいい香りがするということでした。
「行け!踏み台男。その人間を狩るのだ」
その少女の言葉で私は理解しました。
この雪男みたいなやつは、ショートケーキのスポンジ部分と生クリームなのであろう。
そしてショートケーキというのは、イチゴが無い場合、基本的人権は全て認められず、イチゴが居なければ存在するのすら許されないのは道理です。
つまり身も心もイチゴに支配された忠実な奴隷・・・
これは厄介なモンスターに囲まれたぞ・・
しかし私もここでつぶされてスポンジの仲間入りするわけにはいきません。
地面の泥を投げつけ、生地が少しチョコレート色になったことに相手が動揺している隙に、私は真横に走り出しました。
息を切らしながら走っていくと、目の前に小屋が現れます。
とりあえずここで少し休憩しよう。
そう思い、ドアノブを開き、小屋を開けると驚愕の光景が目に飛び込んできます。
何とそこには、歴代将軍・歴代総理大臣の首がずらっと棚に並んでいたのです。
すでに人類の大半がイチゴに狩られてしまっている・・・
その光景は、私に悲しい事実を突きつけます。
さらにふと視線を横にずらすと、そこには巨大な逆三角形のグラスみたいなものがありました。
ああっ!!
そうです、なんとそれは信長・秀吉・家康らの首をイチゴのように載せた、巨大な
「天下人パフェ」だったのです。
なんてひどいことをするんだ。
名古屋でも絶対に販売されないであろう、その光景に愕然としたときドアの外に足音が近づいてきました。
追いつかれた!!
このままではまずい!
そう思い、小屋の窓から外へ出た所。
そこに5人の男が立っています。
良かった生き残ってる人間がいたんだ!と思ったのも束の間です。
目に入ってきたのは、その男たちのTシャツの文字です。
そこにはローマ字で
T・O・C・H・I・G・I
と書かれていました。
栃木・・・
なるほど・・・・
こいつら・・・・・
イチゴ側に寝返ったな
私を取り囲もうとする男たちをはねのけ、横に逃げようとすると
今度は、シマウマが私の行く先を塞ぎます。
そしてその縞模様はもちろん、赤と白で、ところどころ黄色いつぶつぶみたいなものが肌から浮き出ています。
シマウマの横には、市松模様の着物を着た職人が腕組みをしながら僕をにらめつけています。
そして案の定その市松模様は赤と白、黄色いぶつぶつという「いちご松模様」です。
職人の横を強行突破しようとするものの、空からドスンと巨大な囲碁盤が落ちてきました。
もちろん石は赤と白、盤上は黄色いぶつぶつデザインです。
このままでは完全に囲まれてしまう!!!
私は渾身の力でジャンプし、いち碁盤を飛び越えました。
颯爽と走り抜けようとしたとき、今度は巨大な板が私の体の前にぬううと現れました。
ピンクの色の3メートルはあるであろうその板は、一見するとイチゴ味の板チョコのようでした。
しかし正面に回り込んだ時に衝撃を受けます。
これは
iPhone(イチゴフォン)だ・・・
正面には液晶がクリスタルのように煌めいていて、その輝きは山頂で見る空の光のようでした。
そしてイチゴはここにおいて、リンゴをも倒したことになるわけです。
ここにきて私の心は完全に折れました。
もう好きにしてくれ・・・
そんなタイミングを見計らったように現れる水色セーターの少女
「どうやら覚悟は決まったようね」
私は首をがくんとして少女の方に差し出します。
「いい心がけだこと。楽に死なせてあげるわ」
巨大なハサミが僕の首に届きそうになったその時
ハサミをキン!という金属音が弾き飛ばします。
何事かと思い目を開けると、そこには
江戸幕府初代将軍・徳川家康が刀を持ち私の前に立っていたのです。
「何をしておる。しっかりと立つのじゃ」
家康にうながされ立ち上がる私。
「へえ、まだ生きてたんだ。くそじじい、パフェにしてやったと思ってたけど」
少女が家康をにらみつけます。
「あれは影武者じゃ、残念だったな」
正面から少女に向かい合い、家康が続けます。
「東照大権現の名にかけて、栃木や関東で好き勝手するのは私が許さん」
私は家康が自分を助けてくれたことに感動しつつも、家康の顔に余裕が無いことにも気づきました。
「顔色が悪いですけど、大丈夫ですか」
「・・・うむ、これを見てくれ」
家康の後ろ姿を見ると、なんということでしょう!
着物の「三つ葉葵」の家紋が
「いちご葵」に変わり始めているのです。
「私ももう長くはもたない・・・ここはわしが食い止めるから、おぬしは逃げるのだ」
首を振る私。しかしそんな私を家康は怒鳴りつけます。
「おぬしが人類の灯火を保つのじゃ、早く行けい!!」
その目の力と言葉に奮起し、最後の力を振りしぼり私は、草原を走り抜けます。
どんどん遠くなる家康と少女たちを背にして、私は一心不乱に走り続けました。
30分、いや1時間たったころでしょうか。
ふと気づくと私はいつもの駅前に立っていました。
心を落ち着くためにとりあえずカフェ・ベローチェに入ります。
コーヒーを飲みようやく心が落ち着いたときに、ふとズボンのポケットに何かが入っているのに気づきました。
それは、イチゴの要素はみじんもない純粋な「三つ葉葵」の家紋でした・・・
私は家康の精神を受け継いだのだ。
私は視線を上げてベローチェを出て、颯爽と歩き出しました。
そして光り輝く太陽に、「三つ葉葵」をかざしてこうつぶやきました。
「あなたの前に出ても恥ずかしくない人間になったとき、東照宮に会いにいくからね」
そして私はポケットに「三つ葉葵」を入れて、再び歩き出したのでした。
(おしまいだよお♪)