<雑記>意表を突きたい

雑記

私は基本的に一か所でじっとしているのが苦手な人間です。

何かをしていても、集中力がすぐに切れて、1時間もしないうちにどこかに移動したくなるという白身魚もびっくりな性質を備えています。

それだけならまだしも、やっかいなのがルーティンワークもまた極度に苦手ということです。

もう何か同じことを繰り返してると思うと、自分の自由を縛られている気がして発狂しそうになるのです←まじで厄介

なので例えばお気に入りの駅のカフェで本を読んでいたとて、いきなり唐突にわけの分からない場所に行きたくなります。

そうなると、さっとカフェを出て、駅の路線図の前に移動し、自分が予測もしていない駅へと向かうのです。

この時の私の気分としては侵略すること火の如し!

まさに風林火山を背負った武田信玄そのものなのですが、実は私の精神のピークはここまでになります。

なぜならタチが悪いことに、私は以外とお気に入りスポット認定のハードルが高いのです。

なので勝手に意表をついてその駅に行ったくせに、その駅の景色が気に入らなかったり、お気に入りスポットが無かったりすると、途端に機嫌を損ねだすのです。

そうこれを書いていて私は改めて実感しますが、私はヤバいやつなのです。

お気に入りのスポットの基準が狭いくせに、それでいて同じところに行くことは嫌という矛盾した幸せ基準を持っているため、構造として絶対に幸せになれない精神構造を抱えているのですなあ←他人事やめろ

そんなわけで、私はあまりに自由に対し敏感な自分の精神を「我慢」というフェーズに持っていくため、そろそろ瞑想とかを始めてみようと思ってるのですが、まあ人間はそう簡単に変わらないでしょう。

どこかで一回、モンゴルの草原とかで遊牧民みたいな生活を送ってみたいんですが、ある日突然、任天堂スイッチをしたくなった時に出来なかったらと思うとなかなか勇気も出ません←マジで滅びてしまえ

そう思うと私はおそらく野比家の長男の彼よりも「どこでもドア」を、一番有意義に使えると思います。

というか「どこでもドア」は私に使われてこそ、本当の力を発揮するのではないかとすら思ってきました。

なぜなら私は、数秒前には考えてもいなかった目的地点を、「一瞬」で「瞬間的」に思い浮かべ、ドアへと伝えるわけで、ドアからすればこんなにスリリングな相棒はいないのではないでしょうか。

そんなわけで「どこでもドア」が10年後、ヨドバシカメラで5万円くらいで買えるようになっている未来を願いつつ、雑記を終えます。

私は朝から一体何を書いているのでしょうか。

何だかよくわからないモノを目指し、ブログやってます
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