お肉の半分を弟にあげて、私は最低限の栄養で食事を終える。
肉の匂いが気になるのでもう一度、シャワーで体を流した後、再び本を読み始める。
目が少し重くなってくる、いいタイミングだ。
私は、鞄のサイドポケットから薬のポーチを取り出し、睡眠薬のカプセルを水で流し込んだ。
それと同時に玄関からただいまという音がする、父が帰ってきたようだ。
私は部屋から出る、薬のごみを捨てるのと空になったマイカップにお茶を補給するためだ。
部屋のドアを開けてリビングの冷蔵庫へと向かう。
「おかえりー」
冷えたお茶をマイカップに入れながら、私は言う。
「おう、ただいまー」
父は、早くも部屋着のじんべえに着替えていた。
「お父さん、遅かったね」
父は肩に手を回し何度も指を動かしマッサージしている。最近首回りがやたら痛むらしい。
「いや、それがさ、結構道が混んでいてなあ」
「混んでた?」
この町は駅前からはかなり離れているし、そもそもとして駅前すらあまり混むところは見たことが無い。せいぜい活気があるのは、割と盛大に行われる夏祭りの時ぐらいだ。
「なんか隣町の方で火事があったらしくてな、それでけっこう混乱しててなあ、大変だったんだよ」
火事とは珍しいなと思いながら、そういえば数年前にも一回この町内でも火事があったことを思い出す。
区画的にきれいな長方形で整理されてるからこそ、火の回りは早くかなり大規模な火災になり、被害も大きかったのを覚えている。
「隣町ってどこらへん?」
「どこだったかな・・・ああ、確か12丁目あたりだって言ってたなあ」
どんと暗い衝撃がみぞおちに走る。Aの住所は12丁目の5番地だ。
「何番地か分かる?」
声が上ずる。
「いや、そこまでは聞いてないなあ」
大丈夫だ。12丁目はかなり区画が広い。
それにAは運動神経も良い、何があっても逃げ切る力はあるはずだ。
その時、自分が手に握っている物に意識が向いた。
空の睡眠薬のごみだ。血の気が引く。
今は九時だ。あの子は寝るのが早い、この時間だと布団に入っている可能性は高い。
そして私は今日あの子に睡眠薬を渡したのだ。
細胞が冷たく暗くざわめき出すのを瞬間的に筋肉で押さえつけ、コップをその場に叩きつける。
気づいたら私は走り出していた。