<書評>室町の覇者 足利義満 朝廷と幕府はいかに統一されたか

歴史

今、MUROMACHIが熱い!!

冒頭からテンションが上がってしまいましいたが、まずは本書の紹介から。

本書は、日本の古代や中世の礼制度や法制度、政治を研究している歴史学者の桃崎有一郎さんが、2020年に、ちくま新書から発売した新書です。

私はかねてから室町時代を愛していました。

とにかく出てくる人たちが、ヤバい人、変な人ばかりで、そのハチャメチャを見てると、なんだかもっと自分に自由に生きていいのかなと感じてくるからです←今でも充分自由

しかしハチャメチャだからこそ、なかなか一つの筋として室町殿や室町時代を理解するのは容易ではなく、ゆえに面白いといえばそれまでですが、なかなか歴史好き以外に室町の魅力を伝えるのは難しいな、そんなことを常日頃思っていました。

しかし今や数年前と状況は打って変わり、若い研究者の方が頑張っておられるからか、本屋に行ってもかつてほとんど棚に無かった室町時代の本が、現在ではかなり増えて、研究も盛んになっているように感じます。そう今、室町は熱いのです。

本書を読んだきっかけというのは、先週このブログでも取り上げた「平治の乱の謎を解く」という本に感銘を受け、桃崎さんの本は全部読もうと思ったからですが、本作もめちゃくちゃに面白い!

本作はタイトルに「足利義満」とついていますが、初代の足利尊氏と直義から、六代目将軍の足利義教までを描いているので、本作を読むだけで室町時代、特に「室町殿」という存在とは何なのかというのが1本の線のようにすっきり理解出来ます。

義教以降は、もう室町殿はグダグダで応仁の乱に流れていき、戦国時代に片足を突っ込んでいくので、本作は正に室町殿が機能していた時代をほぼすべて描いていると言っていいと思います。

私は何度も言いますが室町時代が好きなので、室町関係の本を結構読むのですが、本書ほどしっかりとそしてすっきりと「室町殿」という存在を理解出来る本はありません。

そもそも鎌倉幕府や江戸幕府は、京都の朝廷と物理的な距離があり、外に置かれた実体権力です。しかし室町幕府は、京都の中にあり、公家と武士は同じ空間を共有していたという唯一の政体です。

そんな時代における「室町殿」という唯一無二の地位、そして義満がそれの上位存在として作った「北山殿」というものが如何に独創的で画期的なものかというのが本作を読むと、すっきり理解出来、そして義満という怪人的な人物の恐ろしさに、みずおちがぞわぞわしてきます。

これを読むと、京都の外側からそれを包括してしまう北山の立地の必然性、そしてなんで金閣寺が今見ても、どこかしら異常な魅力を放つのかというのが、細胞レベルで納得出来るのです。

私が個人的に一番感銘を受けたのが、義満は政治的な面とは別に北山という空間を、虚構世界、すなわちバーチャルリアリティーのような遊戯空間として作りあげていたことです。

そもそも私は義満が、「能」や「狂言」を生み出したと言える世阿弥の台頭を後押ししていたという事実を本書で初めて知りました。

演劇である「能」「狂言」はそもそも虚構ですが、世阿弥が完成した夢幻能という手法は、二重の虚構世界を描いた、虚構を磨き抜いたものだったそうです。

そしてなんと北山には、人格を狂言の登場人物のように演じた役者が日常的に奉仕していたそうで、ここに虚構世界という遊びを愛す義満の常人離れした趣向が見えます。

北山殿という地位にしても、朝廷の政治にしても義満の考えは独創的であり、そして他の誰にも考えている構想が分からなかったらしいです。

本書を読むと、いかに義満が怪人的で、なおかつ異常な魅力がある人物であるかというのが、肌感覚を持って理解出来ます。

そして義満の章以外も魅力が満載で、四代目の義持の類まれなるバランス感覚、日本史史上最も凶暴な征夷大将軍、義教の思わぬ一面など、本作はどこをとっても圧倒的に面白いのです。

是非、一家に一冊、室町殿を知るための決定版としておすすめします。本当に面白いので気になった方は是非、読んで欲しいです。

何だかよくわからないモノを目指し、ブログやってます
本の書評や考察・日々感じたこと・ショートストーリーを書いてるので、良かったら見て下さい♪

かえる文学をフォローする
全記事歴史
シェアする
かえる文学をフォローする
タイトルとURLをコピーしました