<考察>スティル・ライフ 世界との手の取り合い方

考察

「スティル・ライフ」は池澤夏樹さんの短編小説です。

優しく、それでいてこちらの物事の見方を変えてくれる様な美しい表現であふれている本作は、是非とも色んな方に読んでいただきたい作品です。

きっと自分の中の、景色や、景色の捉え方の裾野を広げてくれること間違いなしです。

以下、物語の重要部分に触れることもありますので、ネタバレが嫌な人はここでストップしてください。

外の広がりは中の広がり

この物語の前半は、染色工場で働いてる「ぼく」が、佐々井という男と出会い、お互いの世界観を通わせる様子が描かれ、後半では佐々井の公金横領の穴埋め作業を手伝いながら、その不思議な体験の中での生活や心の動きが描かれます。


この小説のテーマの一つが、星を眺めること、ですが、その他にも、山や、海岸等、いろいろな外の世界にある景色を眺める描写が描かれます。

しかし、ここで重要なのは世界の捉え方です。

果てなき世界を眺める時に、その果ての無い世界は脳内で知覚されます。

脳内に景色が広がっており、その景色には自分の思考や感覚も付与されていると思います。

つまり、外の景色を眺め思うことは、自分の中の世界を広げることに繋がるということです。

この小説の最高のシーンの一つが、部屋の中にシーツを張って、そこにプロジェクターで、山の写真を何枚も映し、眺めるシーンです(是非、実際読んで欲しい)

これもシーツに広がる世界を、脳内を通して知覚し、そのシーツというドアの向こうへと感覚を投げ入れる行為だと思いますが、無限の広がりは自分の中にも広がっているということが言えるのかなと思います。




作り変えることと受け入れることの違い

染色工場での仕事の描写で、とても対照的なのが主人公の「ぼく」と主任の考え方です。

主任は「計画通りの配色」が出てくることを軸に仕事を計画し、行っています。(こちらが社会では普通)

しかし主人公が面白いと思うのは、ランダムで出てきた色の組み合わせで、そこでいいのがあったら採用すればいいという思考方法です。

佐々井の言葉に、人間には手の届かない領域があるという言葉がありますが、主人公の思考方法はそちらに近くて、世界をありのままに受け入れるという態度です。

しかし、社会や主任の考え方は、出来うる限り、人間に安心で便利なように変えてしまおうという発想が根本にある気がします。

佐々井が過去の株取引の仕事を振り返るときに、「仕事は最初は楽しかったが、作られたドラマチックはすぐに厭きる」ということを言っています。

金融や株取引も、人間が安心や利益をもたらすために作った架空のシステムです。

「ぼく」や佐々井の、人為的であり、世界との調和になじまないものに対する態度は一貫しているように思います。

「ぼく」や佐々井が愛するのは、世界の中にいて受け入れたり受け入れられたりするような、ゆりかごのような優しさや調和なのかなと個人的に感じました。




不思議な伴奏の体験

佐々井の株の仕事を手伝い、その中で、過去の公金横領の話を聞くシーン。

普通の物語であれば、ここで「手汗握る株売買の心理描写」や、「佐々井を追う人物との対決」みたいなことがあると思いますが、この物語はそんなことは一切描かれません。

僕から見た佐々井の表情や、心の観察に重きが置かれ、一貫して不思議な日常感みたいなものに包まれています。

公金横領の経緯を詳しくは書きませんが、これは世界の流れのなかで、佐々井が流れに押されるように身をゆっくりと任せた結果のようにも感じます。


この物語が、横領の穴埋めの話を抜きにして、少しの間だけ会った男との不思議な友情だけを描いたとしても成立した気もします。

しかし、この劇的な出来事を通して、非日常的なことを、日常の優しく流れるような視点で見ることが、この物語の幅を広げ、より深く優しい世界に沈みこませてくれるのではないかと思います。

「ぼく」は佐々井に、「自分は五年の最後の数週間だけを共にする伴走者だ」と言いますが、この不思議な伴走を、読者も読書で体験することにより、読者の心により深く、忘れられない印象を刻み込んでいるのだと思います。




世界との距離 世界との調和

この小説の最後の場面のセリフに、1万年前の人の考え方や思いに言及するところがあります。

「彼らは心が星に直結しており、日常の狩猟生活を生きる視点と、一方で遠い果ての無いものへ思いを馳せる視点の、二つを彼らは抱えていた」

と劇中で表現されます。


それに比べると、現代の我々は、娯楽や安心、便利という目的の為に作られた箱の中で、そのサイズに身を縮こませて暮らしており、星を見上げたりすることも無くなってきました。

そして、その箱の中だけの世界に思考も収まっている場合、箱の中でつらいことが起きたときに、すぐに身を崩したりしてしまいます。

一方で、もし果てなき世界に思いを馳せ、自分が世界の中に受け入れられていることを認識し、自分の外と中との繋がりを感じることが出来れば、自分と世界とのバランスを保て、かつそれは自分の精神のバランスを取ることに繋がっていくのではと思います。


この小説は、世界を優しく眺めるように、私たち自身のことも優しく包みこみ、果てない場所への広がりも感じさせてくれる、そんな小説だと思います。

是非、色んな方に読んで欲しい作品です。

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