<かえる劇場>寿司の境界

かえる劇場

何だかよく分からないアホな適当ショートストーリーで頭の休息を。

それが「かえる劇場」のモットーです。

あまり期待せずに気楽に見てね♪

寿司の境界

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

ふう、やっと休憩時間だな

何だか今日はお寿司が食べたい気分だ

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

あれ、こんなところに寿司屋があるぞ

「寿司処・境」か、よし入ってみよう

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

いらっしゃいませ

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

すいません、それではマグロの握りをお願いします

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

はい!マグロ一丁!!

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

(雰囲気といい、店主の活気といい当たりの店っぽいな)

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

どうぞ!

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

・・・あれ、すいません

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

どうしました?

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

あの、僕マグロのお寿司を頼んだんですけど

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

はい!左様でございます!

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

返事が大きいな!

すいません、あのこれはただのマグロの刺身ですよね

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

いえ!寿司でございます!

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

すいません年始でそのテンションはきついのでトーンをピアニッシモにしてください

あのどこにもお米がありませんけど

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

いえ、刺身の裏をめくってください

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

声の対応が早い、打てば建物の最上階まで響くタイプの人だ

刺身の裏?

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

・・・・・

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

・・・お米が一粒ついてますね

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

お寿司でございます

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

いえ、違います

これは米粒が付いた刺身です

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

さてお客様、ここにきていよいよ事の本丸に近づいてまいりました

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

お寿司という本丸からは遠く離れた地平にいると思います

ていうかいきなりの口調の変化に驚きです

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

それではこちらのお寿司はどうでしょう?

どうぞ

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

・・・刺身の裏に米がビー玉くらいのサイズでくっついてますね

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

あなたは先ほど、私が出した品を寿司ではないと仰いました

ではこのビー玉サイズのお米が付いてきた場合、それは「寿司」なのですか

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

実に微妙なラインですね

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

ようやくお気づきになられましたか

我々がいかに「境界」の概念をあいまいに捉えてきたことが

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

いや、どうでもいいから寿司を食わせて下さい

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

そうなのです

ご指摘の通りこの「寿司処・境」はその曖昧な概念に終止符を打つために、私が私財を投げうって開店した、考えるタイプのお寿司屋なのです

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

何も指摘してませんし、いいから飯を食わせやがれ

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

それではこちらの品をお出ししましょう

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

おっ、鶏ガラのいい匂い

寿司を食べる時はあら汁が好きだけど、まあスープが飲みたい気分だったからいいや

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

・・・・・

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

・・・丼の奥の方にちじれた麺が3切れゴミのように入っている

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

さてこれはラーメンでしょうか鶏ガラスープでしょうか

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

ラーメンか鶏ガラスープかはともかく、非常に不快な品であることは確かです

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

なるほど、そんな不快な思いをしているお客様のお腹を満たすために「おにぎり」のサービスを当店では実施しています

はい!おにぎりです!

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

・・・何もありませんけど

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

先ほど、裏返した刺身の裏を見てください

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

相変わらず米粒が一粒ついてますね

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

はい、おにぎりです

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

いい加減にしろよ、この野郎

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

分かります、お客様のお怒りはごもっともですが、これは人類が考えることを放棄してきたことが悪いのです

我々が今、そのツケを払っているのです

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

何を払っていようがどうでもいいけど、このままだと私はビタ一文お金を払いませんよ

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

お怒りなお客様がお気を沈められるよう

ここで音楽の力を借りることにします

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

お寿司屋にBGMは要らないと思うけど、かけるならかければ

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

そうですか、ではこちらをご照覧あれ

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

何ですかこの黒い木の置物は

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

ピアノです

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

鍵盤らしきものが3つしかないですが

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

左様でございます

これは果たしてピアノでしょうか

いかに!

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

うん、ここまでくると逆にすがすがしくなってくるね

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

それではその気分を高める為、演奏させていただきます

ド・レ・ド・レ・ド・レ

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

うん、ドとレだけの連打は頭がおかしくなりそうだからやめて

それは演奏でなく乱打だから

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

確かにお客様のご指摘の通り、夕焼けだけは朝と夜の中間でありながら名前を授けられていますね

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

うん、全く何も指摘してないけど、あなたの口調に慣れてきました

確かにそうだし、夕焼けは綺麗ですしね

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

左様でございます

そして私は脱サラする時に見た夕焼けがあまりに奇麗だったため、こういったお仕事を始めたわけです

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

逆によくサラリーマンが務まってましたね

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

なのでここで会ったのが何かの縁ですし、お客様には私のささやかな希望に付き合って欲しいのです

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

私にとっては何の得にもならない縁ですが、一応聞かせてもらいましょう

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

私は夕焼けのように、中間の形態たちに厳かな名前を与えてあげたいのです

そしてその名前たちは私の脳内でほぼ出来上がっているので聞いていただけますか

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

どうぞ、ご自由に

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

それでは私たちの出会いからの軌跡を振り返りながら名前を付けていきましょう

まずはマグロのお寿司からです

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

わずか10分前の軌跡を振り返ることになるとは思わなんだ

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

刺身に米粒一つの状態

これは「ざじみ」です

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

何か濁点を付けるだけでそれっぽくなるから不思議だ

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

そしてビー玉のご飯の状態は「ざーじみ」です

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

ビー玉の語呂に大分引きずられているな

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

それではここから「寿司」までを一気に行きます

さしみ→ざじみ→ざーじみ→ざじ→ずーじ→ずじ→すし

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

うん、言葉はともかく

どの言葉の時にどのくらいのご飯なのかが実に気になる

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

次は「ラーメン」です

とりがら→とりからたん→おとりたん→とたんたん→タンメン

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

うん、これに関しては違うメニューが出来上がってますね

進化の失敗が起こってます

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

次は「ピアノ」

ピ→ピノ→ピアノ

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

中間に市販のアイスが入っちゃってます

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

ありがとうございます

いよいよ決心がつきました

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

私は音の羅列を聞いただけで何もしてませんが、どうしました

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

今日でこの「寿司処・境」は閉店です

私は本格的に境目と対峙します

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

というと

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

世の中には完成形に満たない宙ぶらりんなモノたちが沢山います

そいつらに名前と活躍する場所を与える、「雑貨店」を開こうと思います

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

なるほどさっきの鍵盤3つのピアノみたいのを売るということですか

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

そうですピノを売ります

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

ピノは市販のアイスなので、その名前はやめてください

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

もしよろしければ、あなたにもお手伝いして頂きたいのです

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

ふう、実は私も今のサラリーマン生活に疲れていましてね

何だか意味の分からないことに熱中したい気分だったんです

<strong><span class="fz-16px">店主</span></strong>
店主

ということは協力していただけるんですか

<strong><span class="fz-16px">男</span></strong>

ええ、二人で宙ぶらりんのモノたちのレクイエムを奏でてやりましょう

二人の店は開店してすぐに、物珍しさからSNSで話題となり、大繁盛し大成功を収めた。

しかし、1年後には飽きられ、あっという間に倒産したのだった。

<完>

何だかよくわからないモノを目指し、ブログやってます
本の書評や考察・日々感じたこと・ショートストーリーを書いてるので、良かったら見て下さい♪

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