<書評>「ロング・グッドバイ」 残り続ける穏やかな哀しみの余韻

書評

「ロング・グッドバイ」はアメリカのシカゴ生まれの小説家、レイモンド・チャンドラーが書いた長編小説で、世界的に人気のある私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とするシリーズの第6作目です。

私が本作を読もうと思ったのは、村上春樹さんが自身で翻訳を手掛けるほどのチャンドラーファンであることと、フィリップ・マーロウシリーズに関してはミステリーという枠を超えて、文学的に古典的な位置にあるとさえ言えるという評価を見たからです。

私は大学時代、推理小説にドハマりしたのですが、ある時、人が死んで、仕掛けを解き、こちらを驚かせるというシステムの繰り返しにうんざりしてしまい。それ以来、一般的な推理小説を読むのを敬遠していました。

しかしチャンドラーの魅力は、クールな文体や世界観、そして後に引くような哀愁だと聞いて、いつか読みたいなと思っていたわけですが、いよいよ今回初めてフィリップ・マーロウシリーズに手を出すことになったわけです。

本作というかフィリップ・マーロウシリーズの翻訳に関しては、清水俊二さんの訳と村上春樹さんの訳があるわけですが、私が今回購入したのは村上春樹さんの翻訳本です。

その理由としては、私は訳を選ぶ時には、基本的に一番新しく翻訳されたものを選ぶようにしていることと、「ロング・グッドバイ」に関しては、全てを完全に翻訳しているのは村上春樹さんのバージョンしかないということです。

本作のあらすじとしては、私立探偵のフィリップ・マーロウが、片面の顔に傷を持つテリー・レノックスという不思議な魅力を持つ男と出会ったことから始まります。

レノックスと交流を深めていくマーロウですが、ある時、どこかおかしい様子で訪ねてきた彼の要望を聞き、事情も聞かずに、彼をメキシコに送り届けます。

しかしマーロウが帰ってみると、そこには妻を殺した容疑でレノックスを探している警官たちがマーロウの前に現れます。

その後、マーロウは失踪した人気作家のウェイド、それを探す妻のアイリーンなど、様々な人の思惑に巻き込まれながら、その背後にある真実に迫っていく。そんな物語になります。

本作の魅力はまず登場人物のパーソナリティーにあります。

主人公のフィリップ・マーロウは、ウィットに富んだ発言が魅力ですが、その心は真っ直ぐであり、警察や公権力で守られない個人の側に立とうとする、損得で言うと損にしかならない不器用な正義感を抱える人物です。

これだけでも本作は素敵なのに、さらにすごいのは本作で重要な位置を占めるテリー・レノックスの人物描写です。

穏やかで寂しげな魅力をたたえ、優しさはあるが投げやりでどこかが壊れている。そんな人物の不思議な魅力が本作の余韻や奥行きをより深いものにしています。

本作は、私個人としては、マーロウとレノックスの友情の経緯の物語として読みました。そしてその二人の人物が非常に魅力的なのですから、もう面白いに決まっています。

あと個人的に興味深かったのが、村上春樹さんが本作や、チャンドラーから影響を受けているのが、色んな部分から滲み出ているように思えたことでした。

村上さんの作品には、愛する人との別れを経験して、その後半身が失われたように生きていく人が出てくる作品が多いです。

私は、これは村上さん自身の経験なのかしら、とか色々思っていたのですが、「ロング・グッドバイ」を読んで、そう言う人物の描写や哀しみの雰囲気の源泉を見る様な気がしたのです。

本作はとても読みやすく、それでいていつまでも心に尾を引くような不思議な魅力を持つ作品で、本作を何回も読む人がいるのもとても分かります。(そういう作品が本当にすごい作品だよね)

そんなわけで私は今、マーロウシリーズの一作目「大いなる眠り」を読んでいます。

まだまだマーロウシリーズはあるんだという、嬉しい未来の喜びを感じている今日この頃でした。

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