階段を上り図書室へ向かう廊下を歩きながら、流れるプールに絵画を流すように、さっきまでのことを考える。
外の景色をふと眺めた時から、なんとなくAが傘を持ってきていないような気はしていたのだ。
そして私が持っている傘は二つではなく一つだった。
その傘は市販の1000円に満たない価格の折りたたみ傘なので、二人で傘に入りどちらかの体を完全にガードしようと思ったら確実にどちらかはずぶぬれになるし、よしんば領土を半分に分割したところでお互いの半身はずぶぬれになるので、結果として絶対に一人分の面積のずぶぬれは避けられない、すぶぬれ完全保証タイプの傘であった。
そしてどちらかが助かり、一人がずぶぬれになるとするなら、私こそが濡れるべきだという結論を出すのにあまり時間はかからなかった。
Aの肌や足は、街角を走り太陽の光を垂直に反射したり、お城の天守閣を縦横無尽に歩き回り、筋肉の脈動をしなやかに表現するためにあるものなのだ。
それなのに今日みたいなどす黒い雲から落ちる水しぶきを浴びてしまったら、その手足は縮み、もしかしたらその機能と美しさを壊死させてしまうかもしれない。
それに引きかえ私は、乾いた皮膚に覆われた皮袋であり表面をいくら化粧水で磨き上げたところで、その中身はぎゅうぎゅうに詰まった肉と、時間が経つと本性を現したかのように黒く染まるどろっとした血が流れている滑稽な生き物だ。
ゆえにいまさら黒い雨などお茶の子さいさいであり、それに少し待てば小雨になりそうな気もする。最悪走ればずぶぬれにはならないだろう。
うん、これで万事解決。
まあ、色々御託を並べたが結局のところAが濡れる姿を私が見たくないということが一番の理由だろう。そして見たくないものは見ないに限るのだ。
そんなことを考えていると、いつの間にか図書室に着く。
窓の外を眺めるがまだまだ雨の勢いがおさまりそうにない。なので弟の為に借りる本の未来のラインナップを吟味して時間をつぶすことにした。
第五候補くらいまで決めておけば、少なくとも1か月くらいは悩まないで済むだろう。
一通り眺める為に背の低い棚が並ぶ通路を行ったり来たりする。タイトルをみているだけでも楽しい気持ちになるから図書室は不思議だ。
そこで目に付いた「ふわふわの森」という絵本を、手に取りぱらぱらめくる。
そこにはネズミだがネコだが良くわからない丸くて可愛い生物が、宝石みたいなごちそうを食べて、ダンスを踊っていた。
絵本はいい、そこには常識やルールを知る前の無垢な世界が広がっている。哲学とか宗教とか科学のような格式ばった固定的な学問や思想なんかより、ゆるやかなものこそ本当に尊いものなのではなかろうか?