そんなこんなで色んな絵本をパラパラめくっていると、結構時間が経っている。雨足もさっきよりは若干弱くなってきたし、そろそろ頃合いだろう。
私は、鞄を持ち図書室を後にする。
さっき上った階段を再び下り下駄箱に着く。
自分の靴を出し履き変えながら、外に目を向ける。
これくらいなら本気を出して走れば、びしょびしょではなく、ぺたぺたくらいで家に辿り着けそうだ。
上履きから靴への履き替えを完了し下駄箱の出口へと向かう。すると出口の右の方に、ちらっと影が見える。
右の階段の土台のコンクリートに誰かが座っているようだ。
そのまま通り過ぎようとしたのだが、視界の隅に映った人物に既視感がある気がして視線を向ける。
そこにはコンクリートにちょこんと腰かけて文庫本を読んでいるAが居た。
きょとんとする私。
「どしたの」
私に気付き、とっさに本を下に下げるA。
「いや、面白くてついつい夢中になっちゃってたよ」
「ここで?」
Aが座ってたところは、屋根のおかげで雨からは守られているが、階段の土台の部分のコンクリートである。座るスペースはわずかしかなくあまり居心地はよくなさそうだ。
「んー」
Aは少し考えたあと、すっきりした顔で言う。
「傘一つしか持ってないでしょ」
私の顔色がさっと変わる、笑顔のAが続ける。
「君は博愛精神を発揮したつもりかもしれないけど、私は誰かの犠牲の上に立つのを潔しとしないんだな。なぜなら私も博愛主義者だから!そんなわけで出来るならみんなが濡れない世界を目指したいんだけど、もしそれが無理なら・・・」
するとAはニンマリしながら自分の鞄からペットボトルを取り出し、水を自分の靴の中に豪快に流し込んだ。
私が驚いてるすきに、Aの手が素早く伸びて私の両足にも水が流し込まれる。
「うひゃあ」
思わず叫ぶ私。
「はっはっは、全員ずぶぬれの世界を目指すのだ」
笑って足をぐにゃぐにゃさせているAを見て、私も声を上げて笑ってしまう。
「しかし、ずぶぬれって言うには規模がしょぼいね」
「一番濡れて気持ち悪いところを考えたんだ、かつ風邪をひかないところ」
Aが、うわあ想像以上に気持ち悪いと言いながら再び足をぐねぐねさせる。私も本当だとかなんとか言いながら足をぐねぐねさせる、びしゃびしゃぐねぐね。
一通りはしゃいだ後、濡れた靴下をピンと引っ張りながらAが言う。
「今気づいたけど、傘に二人で入れば良かったのでは?」
私は黙って傘を広げ、我が国家の狭い領土事情をお披露目する。
「なるほど、自己責任論的な非寛容さだね」
「博愛ところからは最も遠いところにいるのが折り畳み傘かも」
私たちが全くお角違いな傘の悪口を言い合っていると、ふいに雰囲気が変わった。
前の景色を眺めると、水の槍の密度はスカスカになり、雨音はざあざあから、しとしとに変わっている。
そして次の瞬間には雲間から少しだけ太陽が見えた。
「お天気雨だったんだね」
ほくほくとした顔でAが言う。
「そうだね」
私たちは、しとしとの雨の中を歩いて帰り、そして途中で雨は完全に上がった。
太陽は体を照らしているのに靴下はぐじょぐじょで気持ち悪かったが、不思議と私の両足はとても軽かった。