<考察>「地球幼年期の終わり」 想像力の深淵が見せる二つの可能性

考察

「地球幼年期の終わり」はアーサー・C・クラークさんのSF小説で、SF史上の傑作と言われています。

壮大な世界観に、思弁的で哲学的な内容、華麗で荘厳な映像のような描写で、読んだあとのしばらくは脱力するような感覚に陥るくらい、とてつもない小説でした。

物語の核心に触れるので、ネタバレが嫌な人はここてストップしてください

ざっくりストーリー

この小説は主に三部から構成されています。

まずプロローグで、宇宙から来た、人智を超えた科学を持つ「上主」という存在が衝撃的に登場します。

続いて第一部では、国連事務総長ストルムグレンと上主のカレレンとの交流により、人類と上主の最初のコミュニケーション及び、人類が上主を受け入れる心の準備の期間が描かれます。

第二部では、初めて上主が全ての人類の前に、その衝撃的な姿を現します。

そして上主の力により、貧困や犯罪から卒業した、人類社会の黄金時代が描かれます。

そして第三部では、ジョージ夫妻の二人の子供を中心に、最後の世代の子供たちと地球の終焉が描かれ、最後は太陽系を去るカレレンの姿で物語は幕を閉じます。




想像力が見せるユートピア世界

この小説のすごいところの一つは、人類の理想社会がどのように到達し、そして実際、到達したらどうなるかということをしっかり見せてくれることです。

上主という圧倒的な科学力を持つ存在により、ユートピアが実現されるわけですが、彼らは軍事的な力を一切行使しません。

力は適用法が大事だというカレレンは、少しの力で人類に溶け込み、また人類に対しても、エネルギーを建設的な面に集中するよう指導します。

その結果、全ての生産がほぼオートと化し、食糧など生活必需品は無料になります。

結果としてほとんど犯罪もなくなりました。



さらに、映像として過去の人類の歴史を実際に見ることが可能になり、仏教をのぞく全ての宗教が廃れます(仏教は、宗教よりは哲学に近いから、生き残ったのではと思います)

そのほかの事柄も簡単にまとめてみます

  • 空中自動車の普及により、即座に好きな場所にいけるようになった
  • 葛藤・闘争の消滅により、創作芸術が後退する
  • みんながスポーツをやるため、プロスポーツ選手がいなくなる
  • 国家の名前は郵便配達上の意味しかなくなる
  • 生活テンポが非常にゆるやかになる
  • 上主の科学力があまりにすごいので、基礎科学研究の情熱が失われる

以上、簡単にまとめましたが、他にも色々な変化が人類の暮らしに訪れます。

上主のような圧倒的な存在が来たら、世界がどうなるかというのを、想像力と理論とでしっかりと見せてくれます。




人類と上主と主上心

物語の後半において、上主の上に、「主上心」という存在がいることが判明します。

実は上主は、人類を主上心と合流させる役割だったことが明らかになります。

そして、上主自身は実は進化の限界にはまりこんでいて、主上心に合流できない存在ということも明らかになるのです。

ここでは三者の比較から、物語を掘り下げていきます。

人類

物語終盤において、人類は上主にお守りをされていながらも、最終的には上主を飛び越えることが出来る存在だと明らかにされます(この仕掛けだけでもすごい)

しかし、経緯を整理すると、合流できるからといって、人類が手放しで賛美出来る存在でないというのが見えてきます。

まず、上主たちが来なければ、人類は主上心に合流する道筋を立てることが出来ませんでした。


さらに、上主が来なければ、自ら滅亡していただけでなく、人類は他の惑星にもダメージを与えていたことがカレレンの言葉から分かります。

人類が抱えていた滅亡を引き起こす力のことを、原子力や軍事力ではなく、精神の力、精神を超えた力だと、カレレンは言います。

もし人類が独自に精神の進化を続けていたら、カレレンいわく、テレパシー癌として、精神そのものが悪性腫瘍となり、自壊し、他の優れた精神を毒で犯すことになるのだそうです。


人間は非常に活発で、それはありとあらゆる種々の欲望に裏打ちされています。

人間の抱える渇望のエネルギーが、精神を濁らせるのではと個人的に思いました。


上主が、環境を整えたからこそ、最後の世代が主上心に合流できたのであり、人類だけでは滅亡するどころか、他の惑星にも欲望という業を振りまき、迷惑をかけていたのだと個人的に解釈しています。

上主

人類の物語に出てくる悪魔の姿をしている彼らは、圧倒的な知識を持ながらも、主上心に合流出来ません。

生まれたときから、主上心の道具としての存在で、合流できる芽がある種族のところに出向き、それを開花させる産婆のような存在です。

彼らは優れた知識を持った「個」でありながらも、進化の袋小路に入ってしまっており、生物として、これ以上の飛躍が出来ません。

彼らは劇中の言葉では、星へ通ずる二つの道のうちの一つ。

言い換えると二つの可能性の内の、一つである「個」としての終点と表現されています。

主上心

物質的な存在ではない主上心の狙いを、カレレンは、「宇宙意識を拡大させようとしているのではないか」と表現しています。

主上心は、種を取り込み、宇宙の意識を拡大させる、宇宙の全体精神と表現してもいいかもしれません。

そしてこれも二つの可能性のもう一つの終点、全てへの還元でしょう。

そしてこちらが、宇宙の流れから見た場合、正当な流れに当たるのではないかと思います。




幼年期とは

物語の終盤で、最後の世代である子供たちは覚醒し、主上心と一つになるために出発、地球は消滅します。



最後の世代とは、10歳より下の子供であり、10歳以上の人間は覚醒しないため、ここで世代の線が引かれます。

見方を変えた場合、年を重ねた大人の方が、旧世代や前の世代ということになり、最後の世代から見ると、進化のレベル的には大人の方が幼年期になるというような逆転現象が起こります。

人間が、過去の世代から積み上げてきた成果である、主権国家や宗教、科学なども、最後の世代から見たら、幼年期のおもちゃにしか見えないのではないかと思います。

さらに言うならば、最後の世代は、もはや物質としての地球もいらなくなり、原子一つ残らず吸い尽くして、地球は消えてなくなります。

劇中の表現を借りるなら、地球すら玩具だったわけです。

最後の世代は、主上心との合流に向かうわけですが、もしここをゴールとするなら、果たして個という意識はしょせん、幼年期のおもちゃに過ぎないのでしょうか?

確かに、地球が消滅する前の、燃える円柱や光の網の表現は神々しいほどに美しいです。

そして全てが一つになるということの素晴らしさも分かります。

しかし果たして、個には可能性は無いのでしょうか

次項では、そこのところについて述べたいと思います。




正しい幼年期と好奇心

自分はこの小説の本当の主人公は上主のカレレンだと思います。

というよりはカレレンを動かしてる力といった方が正しいかもしれません。

カレレンは、ずっと対話を続けていたストルムグレンの好奇心に、最後に少しだけ応えてくれました。

またジャンの、上主の星への密航計画も、知っていながらも見逃します。

カレレンは好奇心をもって一歩を踏み出すものに好意的な気がするのです。


カレレン自身が主上心のことを研究しており、何かの方法を探しているからというのもあると思います。

きっと、身を投げ出してでも何かを知ろうとする彼らにシンパシーを感じたのだと思います。

この物語は、カレレンが太陽系を去り、背を向けるところで幕を下ろします。

これは、俺は地球が辿った道とは違う可能性を示すという決意の表れのような気がします。

人類は最終的に主上心と同一化出来ましたが、手助けがなければ、汚れた精神を撒き散らしていたわけで、この幼年期を自分なりに表現するなら、歪みを抱えた幼年期だと思います。

しかし、ストルムグレン、ジャン、カレレンへと続く、純粋な好奇心に連なる時間は、すこやかな幼年期な気がします。

ストルムグレンもジャンも、偏見を排し、変化を恐れません。
彼らは自分と違うものに触れたい、見たいという原理で動いています。

そしてそれは自分とは違うものを尊重することに他なりません。

全ての物が一つになるというのも、そこに差はなくなるのですから、差別や貧困もなくなるわけで、素晴らしいことだと思います。

しかし、自分とは違う存在を尊重し、そして自分自身も他者から尊重される。

いわば個同士による美しい調和の世界が、もう一つの理想の世界だとも思うのです。

カレレンが、主上心と合流できる方法を探し出すのか、それとも個の世界の可能性を開くのは、明言されていないので分かりません。

しかし、どちらにしてもカレレンの何かを探す旅は続くのだと思います。

そして何かを探して、もがく個は美しい。

そんなことを感じました。





さいごに

この小説は、哲学や宗教・科学、人類とは何か等、あらゆる考えを提示し、刺激してくれます。

そして理論だけではなく、宇宙や地球の変化の様子を、本当に頭の中を流れてる映像のように華麗に表現して、こちらを思考と星々の混ざりあった世界へ連れて行ってくれます。

こんな素敵な思索的宇宙体験が出来る小説に出会えたことに感謝して、この考察を終えたいと思います。

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