あるとき帰り道に唐突にAに言われる。
「ねえ、あのさあ、睡眠薬について教えて欲しいんだけど?」
とっさに顔が曇る。
私は、寝つきがあまりいい方ではない。
そしてただでさえ寝つきが良くないのに、夜の空気と景色は好きなのだから始末に負えない。
ふと窓ガラスから外の街灯を眺め、暗闇の光に目が引かれてしまい、そのままガラス戸を開け、網戸越しの音や匂いに浸ってしまい、気付けば深夜の3時になっている・・・そういったこともしばしばだ。
そして私はそういったことを避け充分な睡眠を確保する為にも、少し強めの睡眠薬を係りつけのお医者さんに処方してもらっているのだ。
Aには会話の中で何度か睡眠薬の話をしていた。それを覚えていたから私に相談してきたのだろう。
「危ないことに使おうとは思ってないんだけど、最近ちょっと寝付きが悪くてね、睡眠に苦手意識が出てきちゃって」
最近、ようやくいつものAらしくなってきていたと思ったが、やはり無意識のうちに無理をしているのだろう。
それなのに目の前のAはいつも通りの自然な微笑をたたえている。自分が辛い時に穏やかに人と接したり優しくするのは、相当に精神力が必要だ。
Aの小柄な体の一体どこにそんな力があるのかと不思議に思うのと同時に、友達として出来る限りのことをしてあげたいと思う。私は彼女の力になりたいのだ。
少しうなずいて、私は鞄に入ってるお薬ポーチから睡眠薬を取り出す。
ポーチの中には胃薬や風邪薬、頭痛薬など色々な薬が入っている。
本当に使用するものもあるのだが、薬自体のヴィジュアルが好きで観賞用としての物がほとんどであることは、あまりに中二病っぽいので誰にも言っていない。
「この睡眠薬は少し強めなんだけど、用法・用量さえ守れば副作用も無く誰でも服用出来るんだ。いい、いまから三回くらい用法・用量を繰り返すからよく聞くように」
「えー、裏を読めばいいだけでしょー」
Aがすねたような声を出すが、私は意に介さず続ける。
「いや、私がここで読まない場合。面倒だから2錠くらい適当に飲んどけ!とか言って水で流し込むに決まっている。私にはその絵が今、瞼を閉じても開いてても見える」
Aが、からから笑う。
「うーん、確かにそうかも。でも3回の説明はくどすぎ」
「物事に備え過ぎというのはないの。さあ、もうここで覚えちゃってね」
私は、時間・用法・容量を、音の強弱を変え、強調すべきところは強調し三回しっかり説明した。
さすがにこれでAも覚えたであろう、たぶん。
説明を終えて薬をAに渡したところで、ちょうど分かれ道のところに来た。中央通路の右と左で、町の名前と区画が分かれている。
私は右の町で、Aは左の町なのだ。
ここから私の家は割と近いが、Aの家は左の町の端の一番北側なので、結構遠い。
「薬ありがとう、じゃあまた明日ね」
「うん、ちゃんと用法守ってね」
しつこいなあと、笑いながらAは歩き出す。 私もその姿を少し眺めたあと、自分の家の方へ歩き出した。