<考察>映画「紙の月」 歪んだ世界を飛び越える女の物語

考察

この映画は一見すると、生活に満たされない主婦が消費欲や性欲におぼれて、不倫や銀行の横領に手を染めるというオーソドックスな犯罪を描いた作品に思われます。

しかしこの作品はそれだけでは終わらずに、普通の作品では到達しえない向こう側の場所に到達している!

そう思ったので考察することにしました。

自分は原作は未読でこの映画しか見ていないので、そこのところは悪しからず。

以下、物語の重要な部分に触れるので、嫌なひとはここでストップしてね

ざっくりストーリー

主人公の梅澤梨花は幼い頃、キリスト教系の学校に通っており、そこで貧しい地域の子供たちへの募金活動が行われていました。

その後、物語は現代に飛びます。梨花は会社員の夫と、低刺激ながらも幸せな生活を送っているのですが、なんとなく生活に物足りなさを感じています(それの根本が何なのかはわからない様子)

銀行でパートをしている梨花はあるとき、ふとした気の迷いから、自分が必要であった化粧品の代金が足りず、銀行のお客さんのお金で補填してしまいます。

すぐに銀行で自分のお金をおろし元に戻すものの、この行動がスイッチになり彼女の転落が始まります。

あるとき顧客の一人である老人の孫で、大学生の光太と出会いますが、光太は学費が足りず大学を辞めるつもりであるということを聞かされます。

それを聞いた梨花は、顧客のお金を横領して学費を補填し、そして光太との不倫関係が始まってしまうのです。

これ以降、彼女は次々と銀行の書類を改竄してお金を生み出し、不倫相手の願望と自分の願望を叶えて夢のような生活をしていくのです(ここらへんがウルフ・オブ・ウォールストリートの前半みたいなノリで楽しい!)

しかしあまりに大胆過ぎる横領の数々、いつかは絶対にばれます。

銀行の先輩である、より子が領収書の違和感に気づき、それを直属の上司に報告。

横領の発覚です。

銀行の小さい会議室内で、梨花とより子の対決が始まります。

お金で得れるものの限界を語り、「あなたがいけるのはここまで」というより子。

しかし梨花は唐突に会議室の窓ガラスを椅子で叩き割ります!

あぜんとするより子に対し、「一緒に行きますか?」と問いかける梨花。

その問いかけに反応出来ずに、その場に立ち続けるより子を残して、梨花は銀行から走り去ったのでした。

そしてラストシーン・・・・・

アジアを思わせるどこかの国で梨花は青いりんごを売っている屋台を見つけます。

するとそこには、自分が募金をしたときに手紙を返してくれた男の子がいました。

すっかり成長し、子供もいる彼の前で、梨花は青いりんごをかじります。

そのとき梨花の眼に警官の姿が映ります、青年が一瞬目を離すと梨花はもういません。

そこに残されたのは市場のにぎやかな雑踏だけでした・・・・・・






主人公の価値観と抱えていた違和感

梨花の価値観を考えるときに重要なのは、学生時代の子供たちへの募金活動の体験です。

この募金はクラス全員が、無理の無い程度で行うのが趣旨で、初回は5万円集まりました。

しかし、飽きやすいのが子供の性、徐々に募金の額は減っていき、しばらく経つと、みんな募金のことなんて忘れてしまいます。

当初集まっていた5万円の金額には遠く及ばなくなっていました。

そこで梨花は父の書斎に忍び込み、財布から5万円を盗み、クラスの募金箱に入れるのです。

後日、教会にて担任のシスターが募金の中止を宣言します。

過度の金額を入れた生徒がいるとみんなの前で言うシスター、しかし中止に納得できない梨花は挙手し、ここからシスターとの問答が始まります。

梨花はみんなが募金を忘れてしまってお金が集まらなくなったことに不満でした。

だから私が5万円集めたのだという思いが梨花の感情をわきたてますが、お金の出所をシスターが追求します。

「シスターは受けるより与えるほうが幸いだといったじゃないか、私はあの子たちが喜んでると思うと幸せなんです」

という梨花の言葉で問答は終了します。(劇中でその後のやりとりは描かれない)



ここで放り出されてしまった彼女の信仰や善意には、不満と疑問ともやもやした違和感が残ります。

そしてこの感覚を抱えたまま大人になったのでした。

梨花の根本にあるのは持ってる人が助けるべきという考え方で、父から盗んで募金したのも、お金がある人が、貧しい人に与えるべきだという思いからの行動です。


しかしこの行動は、他人のお金を盗んではダメだという、社会を支える道徳観が完全に抜け落ちています。

シスターがもし1対1で主人公の話を聞いてあげていれば、もしかしたら自分の価値観と道徳とのバランスを体得できていたかもしれません。

しかし難しいのは、持ってる人が与えるという考えが間違ってはいないということです。

我々先進国の暮らしは後進国からビジネスという、合法的搾取によって成り立ってる面も、否定できない事実です。

すると梨花のとった行動が法律的にはアウトだとしても、何を基準にするかで悪かどうかというのは一概に言いきれない、むしろ結果としてはその5万円は金持ちの家で何かに消費されるよりも、貧しい子供たちの食糧になったほうがよかったという考え方も出来ます。

また銀行の横領についても、最初のきっかけは青年の学費を工面してあげたかったというのが理由になっています。(その後はエスカレートし、自分の消費の欲求も併せて贅沢三昧をしてるので、これは擁護が難しい)

その後の横領も、彼女自身に取ってはお金持ちのお金を本当に必要なところに使う、みたいな感覚で行っているように見えるので、罪悪感自体をあまり感じていなかったのではないかと思います。


幼いころに自分の善意をくじかれた梨花はどこか現実感のないまま成長しています。

この世界は私の善意とは違うルールで成り立ってると彼女は無意識下で感じたのでしょう。

そして浮遊した仮にしか感じれない現実は、駅のホームの場面で完全に崩れ去ります。

指でこすって月が消えたのを見た梨花は、ある種の神霊的体験に衝撃を受けたのだと思います。

この体験が梨花の背中を押し、自分の善意にとって現実感の無い世界(彼女にとっては月が消える偽物の世界)で生きることはしないと決め、偽物だから壊しても構わないと決意したのだと思います。

その後、彼女は自らの歪んだ信念のもとに横領を行い(横領やここでの豪華な生活も現実感はない)破綻が決定的になると、現実の貨幣経済というルールの象徴として、銀行の窓をぶち破り、彼女の本当の世界へと旅立つのです。




普通の存在としてのより子

銀行の会議室の場面で梨花と言葉を戦わせるより子、ここで印象的なのは翌日に響くから一度も徹夜したことがないというセリフです。

仕事も出来、世の中にスムーズに順応して暮らしている標準の社会人としての象徴が、より子だと思います。

しかしやりたいことを自由に出来るならと考えても、徹夜くらいしか思い浮かばないのです。

梨花も徹夜をしたことが無かったことを、このあとより子に言うのですが、このエピソードは現代社会で生きる上で個人が抱えざるを得ない抑圧を描いています。

現代社会では一晩はめを外すことも難しいくらい、時間や何かしらに管理されているのです。

お金はただの紙で偽物で、だからこそお金では自由になれない、と考えるより子の考え方は全うです。

ただし、彼女はお金というものの性質や使い方を熟知しており、お金で回る社会自体を排除してはいません。

対して梨花は、ラシトシーンで偽物の世界そのものを破壊して生きていくことを決めたのです。

世間とバランスが取れず破壊した梨花と、どこか虚しさを感じながらも、世間とうまく心のバランスを取りながら生きているより子の対比が、この映画をより面白くしていると思います。






ラストのりんごの意味

さてラストの場面ですが、主人公はなぜりんごを、そしてなぜ青い状態のを、かじっていたのでしょうか?

りんごは知恵とか理性の象徴です。

しかし彼女の理性は幼いときの段階で止まっています。

つまり彼女自身の理性は熟しておらず、青いままなのです。

また青いりんごというのは、理想に偏り過ぎて、現実的でない未熟な思想のメタファーでもあるかもしれません。

つまり青いりんごをかじるというこの場面は、この先も青い理想、すなわち彼女の思考の世界で生きていくという宣言でもあるのだと思います。






紙の月はロックンロールだ!

この映画を見て、率直に感じたのは、梨花がかっこいいという思いでした。

犯罪者をほめるなんてけしからんという意見もあるとは思いますが、自分の正義感とこの世界はリンクしてないという、もどかしい思いはめちゃくちゃ分かります(それ自体、独善的だけども)

梨花が間違ってるかどうかはともかくとして、梨花が選んだのは自分の信仰や価値観が受け入れられない世界をぶち壊して、自分の価値観の世界で生きていくということです。

価値観を破壊して、自分の中の新しい世界へ行く
これはロックンロールではなかろうか?

銀行の窓を叩き割り、グローリアの音楽が流れる中をひたすら走る梨花のシーンは自分の心に刻み込まれています。

紙の月というタイトルは、「紙で出来た偽物の月」や、「お金に支配された・欲望のメタファーとしての月」などいろいろな解釈が出来そうです。

彼女の独善的な偽物の世界の象徴と思う人もいるでしょうし、また逆に資本主義という弱者をお金で支配する体制を紙の月とみることも出来るでしょう。

この作品は見る人の価値観・考え方によって賛否が分かれる作品でしょう。

梨花の行動を全肯定することは難しいですし、全否定することも出来ないのではと思います。


しかし個人的には梨花の行動に、激しく心を揺り動かされました。

この作品は、間違いなく自分の人生の1ページに刻まれる作品でした。

また機会があれば、本だけでなく映画の考察もしたいと考えています。

何だかよくわからないモノを目指し、ブログやってます
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