何だかよく分からない不条理な会話劇。
それが「かえる劇場」です。
気楽に見て下さい♪
意味深
お母さん、ただいまー
お帰りなさい
あっ、お母さん
何か、今日の洋服にめっちゃ毛玉ついてたんだけど
知りたい?
えっ
あなた、本当に知りたいの?
えっ、何!?この感じ
本当に知りたい?
・・・ごくり
うん
セーターを一緒に洗ったのよ
うーん、私のどきどきを返して欲しい
・・・・・
気を取り直そう
お母さん、今日の晩御飯何?
それを今聞くの?
えっ、うん
この時間になんとなく知りたいかなあって
そう・・・・・
あなた、脳味噌の色って知ってる?
えっ、色?
茶色かな
もしその色の中に、赤い半月や、細かく千切られた肉塊が見え隠れしたとしたら?
・・・・・
今日はカレーライスよ
・・・いいかげんにしてくんない
あら、どうしたの
先週から、何なのそのスタイル
あなたは何を言っているのかしら
ミステリーにはまったからって、日常に謎を持ち込むのはやめてほしいと言ってるの
あなたのその怒りはどこから来たか考えたことは・・
どの会話からでも、そういう風な繋げ方するのやめて
おかんむりね
もうこの際だから言わしてもらうけど、トイレットペーパーに細かい謎の文字がびっしり書いてあるの
あれ何なの
あれは古代サンスクリット語で私が書いたのよ
サンスクリット語も、まさかお尻を拭かれるとは思ってなかっただろうに
本当の知識の体得は、あらぬところから得られるものなのよ
あと、今日はカレーって言ったけど
明日以降のメニューは何
明日はビーフシチュー、そして明後日はポトフね
見事に鍋で煮込むものばかり・・・
何かを煮込む後ろ姿で意味深感をアピールするのはやめていただきたい
そうね、たまには炒める行為も必要よね
何でか不安感をさそうニュアンスだなあ
ああ、あとお風呂に色んなキャラクターの置物を置くのはいいんだけど・・・
かわいいでしょ
全部、せっけんで出来てるから、溶けて顔がなくなっちゃってるんだけど
何でせっけんで作ったのよ
ふう、あなたもそんなことを気にする年頃になったのね
今、年頃の話は全くしてません!
まじで文脈も何もないなあ
そろそろ新しい人形を作る頃ね
・・・
あと、リビングに置いてある漫画だけど
何で4巻と9巻しかないの?
・・・・・
色んな種類の漫画の4巻と9巻だけあったところで人生は豊かになんないよ!
「9」と「4」すなわち苦しみが浮き出る世の中と、沈殿して見えない世の中・・・
果たしてどちらが幸せかしら?
もう謎とかじゃなくて、思想の領域だよ・・・
しかも、たまに漫画を冷凍庫で冷やしたり、洗濯バサミで干したりしてるじゃん
あれは何なの?
冷やすことと陽の光を当てることの交差点の研究・・・
とでも呼べばいいのかしら
研究だったのか・・・
そして謎に出来る女風の口調だ・・
交差点など、何も無くてただコンパスが次々と違う場所を指してるだけの可能性もあるわね
少なくとも私の心のコンパスはぐるぐる回ってるよ
ごめんなさい、ちょっと覗いてくるわね
はいはいはい、ちょっと待ったー
どうしたの?
私が言うべこことを思い出させてくれてありがとう
これが一番言うべきことだったわ
そう、何が言いたいのかしら
何でリビングとか部屋の壁沿いに、大きさがばらばらの甕がびっちり配置されてるのかということよ
少し正確ではないわね
中に水をたっぷりと張った甕ね
細かいことを指摘しおって・・・
ていうかちょくちょく甕を覗いてるけど、何か見えるの?
何かを見たいから覗いてるというわけではないわね、強いて言うなら、何かを見たくないから覗いてるのかもしれないわね
うんうん、ダメだな
お母さん強すぎる
こういう人に論理が何の武器にもならないことが身をもって分かるわ
・・・・・
めちゃくちゃ覗いてる
・・・・・
・・・
部屋に入って宿題でもするかなあ
・・・・・
・・・・・
・・・・・
そして夜中の2時ごろ
うーん、何かのどが渇いて起きちゃった
リビングで麦茶でも飲むかな
あっ、リビングのカーテンが開いてる
月光が部屋の甕を照らして、色々な黒のバリュエーションが出てるなあ、何か古代の万華鏡みたいだ
白い壁に映る甕の影も、まるで翼を広げた鳥の羽みたいだ、大きさを考えて配置したのかな
そしてお風呂場から、お母さんがリビングに持ってきた顔の無い人形に、光が照らされて、まるで顔の筋肉が動いてるみたいに見える
・・・
美しい光景だ
そういえば、私の家を取り巻く雰囲気が美しいと友達がほめてくれてたこともあったなあ
はっ、そうだ
麦茶を飲みにきたんだった
・・・
甕の水を飲んでみようかな・・・
この甕がいいかな、コップを入れて・・・
ごくり
うわっ、めちゃくちゃ美味しい水だ
麦茶飲まなくてよかった
・・・・・
これはこれで悪くないかもしれない
これが、後に世界的な「水」の学者として、名を馳せることになる彼女が、第一歩を踏み出した瞬間だった。
<完>