<弟>
しばらくは特に何も起こらず進んでいる。これはいい傾向だ。
気分も楽に、追跡すること数分、姉はとうとう学校まで来てしまったみたいだ。
まあ姉も盗賊じゃあるまいし、無理やり学校に入りはしないだろう。これでようやく一風変わった夜の散歩もおしまいだ。めでたしめでたし。
・・・・・・
ん?
遠目から校門を見てみる・・・
あれ、門が少し開いているのか、いやいやまさかそんなこともあるまい。
姉が近付き、門を横に押す。そしていとも簡単に動く門。
おう、ジーザス!!
なんということだ。
そりゃあ人間だ、鍵をかけ忘れることもたまにはあるだろう。しかし、それが今日である必要はないではないか!
今日以外、いやこの時間以外ならいつでもいい。しかし今、この瞬間だけは鍵は閉まってなければならなかったはずだ!
姉の姿が門の中へ消えた。
そりゃあそうだよね、僕が姉でも入るもの。
引き返すことも考えたが、今まで路上で姉がやったパフォーマンスの数々を考えると、それは無理な選択だった。
どう考えても路上より学校のほうが、素っ頓狂なインスピレーションを刺激する道具が満ち満ちていることは明白だからである。
僕には進む以外の選択はありえなかった。
あたりを見回し、体を横にして門をくぐり、すぐに校門右の、木の植え込みゾーンに走り込む。とりあえず木の影から、しばらく様子をうかがうことにした。
夜のシックな空気の中で、さわやかで控えめな木の匂いが鼻をかすめる。こんな時でも五感が健在な自分に驚きを禁じ得ない。
さて遠くから見える姉は、やたら姿勢よくパキパキ歩いている。
スムーズにきれいに動くものを見て、こんなに不安な気持ちになるのだから、人間の感情は奥が深い。
しばらくして姉の動きが止まる。何かあったのだろうか?
遠くでなかなか見えない。
す るといきなり姉が足を振り上げるのが見えた。
ポーンというアホみたいに軽快な音。
嘘のように飛んでいくボール。闇夜に白い虹が駆け抜けていった。
しばらくしてから我に返る僕。
あいつめ、とうとうやらかしおった!
ボールは校庭を超えて、住宅地のほうへ落ちたみたいだ。
まずい! 姉の素っ頓狂な行動が、誰かの頭上に重力をまとい、暴力となって降り注いでいるかもしれない。
しばらくその方角をみたあと、平然と歩き出す姉。その姿はまるで、校舎という城で今から戴冠する皇帝のようだ。
僕は悪逆の女帝をとりあえず無視して、ダッシュでボールの落ちたところへ向かう。
校門を出た角を右に曲がり、マンションが並ぶ住宅街道路へと足を進める。
すると電信柱の少し前のくぼみに、まぬけな顔をつやつやさせて、我在りといわんばかりのボールを、そこに発見する。
嘘のように自信満々に、まるで静止画のように固定されているボール。
なぜかその佇まいに無性に腹が立ち、海の方向に蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、それをやった時点で僕も姉と同じレベルまで落ちてしまう。
あとそもそも、ここから海まで届く脚力を僕は持ってない。
「はあ」
ボールをゆっくりと拾い上げて再び校舎に戻る。姉の姿はもうない。
校舎を見上げる、月が窓ガラスに反射していて奇麗だが、その下にはボールを持ってぽかーんとしている間抜けが一人、おぼろげに映っている。
果たして僕はいったい何をしているんだろうか。