一人でどこへでも行きます。
カラオケはもちろん、焼肉、ラーメン、お寿司、シェーキーズの食べ放題でさえ、私は単身で乗り込むことに何ら抵抗はありません。
考えてみると一人で行かないのはディズニーランド位ですが、そもそも単身ではディズニーランドに行きたいとは思わないので、実質私は、一人で世界のどこへも行ける孤独に輝く羽を持っていることになります。
しかし、ここで重要なのは、私は一人でどこへでも行けるが、決して強いメンタルの持ち主ではないということです。
主に「何かを食べたい!」という食欲の命じられるがままに、店に行くものの、そこで私が幸福な食事を送れるかどうかは、すなわち座席の布陣により決まるわけです。
そして運命というのは、常に孤独な人間に刃をむき出しにするもの・・・
私は、数々の過酷な布陣の戦場を乗り越えてきました。
あれは数年前のことです。
私は唐突にピザとコーラを、グレイトなアメリカ人の様にたらふく腹に詰め込みたくなり、駅から5分くらいのビルにあるシェーキーズに向かったのです。
受付のお姉さんが案内してくれた席は、奥の方の誰も居ない落ち着いた席で、私は穏やかな気持ちで食事を始めました。
しかし、私がアンチョビピザを半分食べた位の時に、私の耳は不穏な声をキャッチします。
キャピキャピ感溢れる、幾重にも重なる無秩序な高音の声たち・・・
そう、間違いなく女子高生の集団である。
しかし、まだ慌てるような時間ではありません、そう、その集団がこのエリアに来るとは限らんのであります。
店員「それではこちらにどーぞ」
ズンズンズンズンズン
さて、何ということでしょう。
私の願いは完全に裏切られ、私は女子高生の大軍に完全に包囲されてしまったのです。
一番奥の壁際は全て彼女たちの陣地に、そして私の席の左右の壁も全て彼女たちが陣を広げています。
そうです、私は完全に「鶴翼の陣」で囲まれてしまったのです。
もし私が武田信玄であれば、すぐさま部下の陣を「魚鱗の陣」にまとめあげ、「鶴翼の陣」を突き破ったに違いありません。
しかし、私は友達もほとんどいない、大都会にひとりぼっちのオンリーロンリーロンリーです。
ここにきて私の幸せな食事の時間は完全なピンチを迎えます。
しかし、私もお金を払ってここにいるわけで、そんな簡単に食事を台無しにされる気持ちは毛頭ありません。
「この雰囲気に飲まれたら負けだ」
私はそう自分を鼓舞し、まるで一人で昼下がりのコーヒーブレイクをしているイギリス紳士の様な表情と仕草で、目の前にあるハワイアンデライトピザを口に運びます。
しかし、ピザを口に入れる時に、女子高生たちの爆笑が聞こえたりすると
「今の爆笑は、一人でピザを食べに来ている憐れなピエロ男をあざ笑っているのではないだろうか?」
そんな不安が囁く重低音のウィスパーボイスに飲み込まれそうになるのです。
自分の中のどんどん大きくなるネガティブな心。
考えてみると私は、確かに一人であり、恰好もメンタルも「ハワイアン」でもなければ、「デライト」であろう道理もありません。
そう考えると、彼女たちの全ての会話がハワイアンデライトピザを食べる私の事を笑っているのではないかと思えてきて、私は疑心暗鬼のループに陥ってしまいました。
そしてさらに悲劇は続きます。
店員「それではこちらにどーぞ」
ズンズンズンズンズン
ここにきてママ友軍が軍団を率いて来襲してきたのです。
そして、私の席の後ろのテーブルを横一列に、後ろの左右の席も彼女たちが陣を張りました。
そうです、私は、「方円の陣」の如く、完全に全ての方向を囲まれてしまったのです。
「こんなことがあっていいのか?私が一体何をしたというんだ・・・」
もはや崩れ落ちる寸前の私ですが、そんな時にお店の厨房の方から、大きな声がします。
店員「ただいま、エビ&マヨネーズのピザが焼きあがりましたーー」
この声は私に正気を取り戻させます。
そうなのです、私がシェーキーズに来る一番の目的とさえ言える、お気に入りメニューのエビ&マヨネーズのピザが今焼きあがったのです。
これは是非とも、取りに行きたいところ・・・
しかし、私は今、大軍に囲まれ虫の息である。
果たしてこの包囲網を突破し、ピザを取り、無事に席まで生還できるだろうか・・・
えーい、弱気になってどうする!
私は自分を鼓舞し、比較的、兵が薄そうなママ友たちの席の隙間をぬって、ピザのエリアに到達しました。
無事に陣を突破し、安心したのも束の間、エビ&マヨネーズを取ろうとしたときに、ふと不安がよぎります。
私は普段、エビ&マヨネーズが焼きあがった場合、いつもは2ピース取っていました。
しかし席に戻ったとき
「うわっ、あのピエロ男、エビ&マヨネーズを2枚も取ってるよ、お前自体がピエロのくせにエビとか食ってウケる。お前はペパロニ&ピーマンのペパロニだけをひたすら食ってろよ」
と言われたら私は二度とピザを食べれないキズモノの体にされ、心は壊れかけのレディオになってしまいます。
そんなことを考えているからでしょうか、ペパロニ、ペパロニ、ペパロニ、ペパロニと耳の奥の方から、カエルの輪唱のように女子高生&ママ友軍団によるペパロニコールが脳内に鳴り響きます。
そして結局、私は心が作り出した音の力に敗北し、無難を絵に描いたような盛り付けの皿を持ち、自陣に戻る運びになりました。
そう、ここにきて私は完全に敗北したのです。
自分が好きなピザすら食べれない人生なんて、それはまさにポイズン。
私は、後悔だけが顔に積み重なった、陰鬱な表情で、まるで老後のように、機械的に口に食べ物を運び続けました。
しかし、人間というのは不思議な物で、機械のように佇んでいると、逆に耳が研ぎ澄まされて、自然と周りの会話が聞こえてくるようになるのです。
その中で、一番奥の左の席の女子高生たちの会話が耳に飛び込んできます。
「村上春樹の小説は、あらすじだけじゃなくて、やっぱり象徴を読み解きながら読むと、面白く読めるんだよ」
「えー、めんどうくさくない、そういうの。その意味で言えば、私は村上龍の方が好きだな、物語もハードで動きがあるし」
・・・何ということでしょう。
この子たちは、まさかの春樹・龍という「村上文学の比較トーク」をしていたのです。
その後の会話を聞いている限り、この子たちはかなりの本を読んでいる模様で、会話の内容もとても面白く、私にとって非常に勉強になる価値観を戦わせるトークを展開していました。
そして私は深く反省しました。
私は必要以上に彼女たちを恐れて、自ら恐怖心を膨れ上がらせていたのではないか?
そしてこちらが恐がるからこそ、相手もその感覚に気付き、そこが不幸な空間になってしまうのではないか?
そもそも、ママ友とか、女子高生とか集団で人をくくることが間違いなのではないか?
なぜなら人は一人一人違うわけで、コミュニケーションはその人の肩書ではなく、その人自身を見なくてはいけないのではないか?
ここにきて私の目は完全に開かれました。
そしてそれ以降は、普通にいつも通りの食事をすることが出来ました。
とどのつまり完全に私の自意識過剰で、誰も私の事を気にしていなかったわけです。
コーヒーを飲み、一服した後、私は店を出ました。
そして太陽を見上げ
「人間も悪くないかもなあ」
そうつぶやいた瞬間に、金髪で黒スーツのホストみたいな2人組にふっとばされました。
そして
「どこみてんだよ!」
と捨て台詞を吐き、彼らは去りました。
地面に這いつくばった私は、すぐさま前言を撤回。
「人間なんて嫌いだあ」
そして自然と流れてくる涙をTシャツのすそで拭きながら家路に着いたのでした。