「魔女の檻」は、フランスの小説家、ジェローム・ルブリさんが描く、2024年に発売された長編小説です。
私が本作の事を知ったのは、今年の前半に自分の中で勝手に開催していた「スティーブンキング強化月間」の最中の事でした。
キング作品はホラーにとどまらず、大きい物語を描くストーリードリブンな作品が多い事、また様々な種類の物語を多彩に描いていると知り、「これは集中してキング氏に向き合わねば」というのが上記の主な目的だったのですが、その際に本屋に行くと、いつも隣にあったのがルブリさんの作品でした。
私は本は極力、文庫本で読みたい派閥なので、キング作品が多い、文春文庫の棚に行く事が多かったのですが(青い背表紙が印象的)、キング作品を選ぶかたわら、隣にある「魔王の島」「魔女の檻」という私の中で幼き日から軸になっているRPG心をくすぐるタイトルがいつも気になっていました。
そしてある時にネットで調べ、かなり読者の満足度が高い作品だと知り、いつか読もうと思い脳裏メモに焼き付けたのが本作に本格的に目を付けた瞬間でした。
その後、自分の中で、キング作品を結構読み(もちろんまだまだ未読ばかり)、一呼吸ついたところで、このたび一気に上記の二作品を同時購入しました。
ルブリさんの作品は現在日本では上記二作品しか翻訳されてません。「魔王の島」が最初の翻訳なので、本作は日本においては現時点で二作目で最新翻訳とのことです。(間違ってたらすいません)
私は基本的にどんなシリーズものも順番に読みたい、頭の固い原理主義的性向があるので、まずは「魔王の島」から読み始め、すぐに読了。
まず驚いたのは、翻訳の力も大きいと思うのですが、その圧倒的な読みやすさ。それは文体が軽いからというのではなく、しっかりこちらに染みこみつつすらすらと読めるというタイプ。すごい。
そして何より展開の動きの多さと、ストーリーテーリングの上手さ。正直な話、海外作品は国の文化や言い回しのリズム、翻訳者さんの文体のリズムが馴染むまで時間がかかることが多いのですが、あっという間に読了してしまいました。
「これは本サイトで紹介しない手はない」
私は後半までずっとそう思いにやにやしていたのですが、ラストの展開が少し想定外。
「魔王の島」という作品は、事実や認識がどんどん引っ繰り返り、それが本当に魅力的で面白いのですが、ラストの部分のそれは、私の中では好みの範疇の外だったのです。
いわゆる事実が裏返る系、叙述トリックやメタ。
ミステリーは様々な方法で私たちのド肝を抜いてたわけですが、ゆえにこそ個人によって好みも様々。
多分、「魔王の島」のラストの展開を好きな人もいると思うのですが、私には刺さらなかった。しかし本当にそれ以外はまじで面白かったのです。ゆえに私はこのサイトで紹介出来ない事を嘆きました。
Xでの読了報告は読んだものを、良し悪し関係なくあげているのですが、この<書評>に関しては自分が面白いとおもったものを上げているので、ラストが納得いかないものを取り上げるわけにはいかないよね・・・
そう思いつつ、一度ルブリ作品から離れ(先週の書評のゴリラ裁判を読みました)、そしていよいよ本作「魔女の檻」の読書をスタート。
ストーリードリブンなのは相変わらずで、面白い。しかしラストはどうだろうか。
そんなどきどきを抱えつつ、昨日無事に読了。
結論からいって、とても良かった!!
もしかしたら本作より「魔王の島」の方が好きだという人もいるかもだし、趣向は人それぞれです。しかし何よりルブリ作品をここで紹介出来るのが嬉しい。
そんなわけでかなり前置きが長くなりましたが、以下からが本作の書評です。まずはあらすじをどうぞ。
▼あらすじ
かつて魔女裁判により、山頂から女たちが投げ落とされた山。その麓には実業家の私財により管理される村があった。
その村に赴任してきた警察署長のジュリアンは、かつてそこで起こった住民の怪死事件の捜査を始める。
しかし村に住み、住人やその空気に触れていくうちに、この村は何かがおかしいと疑い始める。
徐々に変調をきたしいていく住民の精神、そして相次ぐ死・・・
村に雪が降り積もる中、ジュリアンは村の真相に辿り着けるのか。
あらすじを読むと分かる通り、本作はミステリーでは王道の「辺境の村」をフューチャーした作品です。
そこに中世から続く、伝統や不穏な数々のエピソード、様々な怪奇現象と謎が絡み合うことによって、読者は物語の中に引きずり込まれていきます。
ミステリーにおいて大事なのは、いかにこちらをどきどきさせる謎を提示するかという「引き」の要素だと思いますが、本作はそれが上手く、非常に魅力的です。
シェィクスピアの暗誦やピアノの音、聞こえてくる子供の声、その不穏さも相まって、いつの間にかページをめくるスピードも上がっていきます。
これは前作でも同じだったのですが、ルブリさんの作品は、細かいトリックや整合性を問うタイプのいわゆる推理小説ではなく、展開の反転の多さや謎、そこに人間心理を絡める、サイコアドベンチャーとでも表現できるような、非常にエンタメ性の高いものである事も特徴の一つかもしれません。
その意味で今年の上半期熱中していたキング作品とも親和性がかなりあるのではという気がします。ついでに私はスケールが大きかったり、心理的な話が好きなので、両作家さんともめちゃくちゃ相性が良いです。
もう一つルブリさんの作品の特徴をあげるなら、魔法や魔術というものを、時代で変遷するものとして捉え、科学文明とも本質的に違いは無いという感覚が読み取れることがあげられます。
重要なのはそれを扱う人間の意識や認識であり、その意味でとても人間重視の物語スタイルと言っていいかもしれません。
本作のラスト自体も挑戦的ではあるので、賛否はあるかもしれません。しかし私は罪の浄化というイニシエーションが生む一つの神話という見方も出来るかなと考えています。
また、普通に読んだ人の中には、どこに感情や規範の軸を置いていいのか、多いに戸惑う人も多いとも思います。
しかしその点で言うなら、善悪や感情の整理の難しさ・複雑さ自体が、人間存在の矛盾や不可思議さへの問いかけになっているという気もします。
恐らく作者のルブリさんはエンタメ性にかなり重点を置いている作家さんだと思うので、全ての心理的要因を完全にメッセージ性に閉じ込めたという事はないと思いますが、計算ではない物語の深淵さが本作には出ていて、それが唯一無二の読後感を形成していると感じました。
海外の小説の中でも非常に読みやすく、エンタメ性あふるる一冊なので、気になったら是非、手に取って欲しいです。

