<書評>「ジェノサイド」 人類はどこに向かうのか

考察

「ジェノサイド」は高野和明さんの長編小説です。

一時期、本屋に行くと平積みでずらっと並んでいて、相当話題になった本作ですが、読もう読もうと思いながらも時は過ぎ、そして今回ようやく読むことが出来ました。


話題になるのが納得のスケール感と、怒涛の展開で、超級エンターテイメントな本作!!

今回も、考察というよりは面白いと思うポイントや、自分が感じたことを中心に書いていきます。

以下、物語の重要ポイントに触れるので、ネタバレが嫌な人はここまででストップしてください。

壮大な物語

物語は、イラクで戦う傭兵のイエーガーが引き受けた、不可解な任務と、日本で薬学を専攻する大学院生の古賀研人が、死んだ父から残されたメッセージから事件に巻き込まれていくという二つの軸をもとに展開します。

紛争ものの小説や警察小説は、常に緊張感ただよう場面が続くので、読んでいると疲れることがあるのですが、この小説は緊張感あふれるイエーガーの任務の場面だけでなく、我々が知っている日常の延長としての、研人の研究編があるので、とても緩急バランスよく読めるのです。

よくSFや組織小説でありがちなのは、リアルにこだわりすぎるあまり、組織名や長い作戦名、科学の用語の羅列になってしまい、エンターテイメントなのに読みづらくなっているみたいな作品がちらほら見られますが、この小説はそこのバランスがとても良いのです。

陳腐にはならず、また細部に極端にこだわりすぎもせずに読み手が世界にしっかり入り込めるように作られています。

さらに、物語の軸になるポイントが、とにかく壮大なので、その設定にかなりワクワクできるのです。




人類の資格

この小説において、重要な要素が「進化」というものだと思います。

イエーガーと古賀研人の二人の物語の背後で実質的に蠢き、戦っているのは「人類VS進化した人類」です。

そして人間は科学という、人間が理解できる方程式を積み上げてシステムを作り上げていますが、進化人類は、全体を把握し理解する力を持っているので、全く相手になりません。


自分は人類と進化人類の差の大きな部分は、想像力にあるのではないかと思います。

人類側で特徴的なのは、アメリカ大統領のバーンズです。

彼は国家権力の名の下で、作戦で人の命を奪うことに対し、何の抵抗もありません。

彼の中で、国益や、自分が信じる神こそが優先されるので、そこに罪の意識は感じないのです。

そんな彼ですが、作中の人物は彼を、どこにでもいる普通の人と表現しています。

言い換えれば、盲目的に生きていると、誰かを傷つけても何も感じないような生物になってしまう側面が現代人類にはあるということです。

個性や自由を尊重する現代の思想は誤って使用すると、自分さえよければ良い、自分以外の人間は自分が利用するためにある物だ、みたいな思考に陥る罠があります。

一方で全体を把握し俯瞰して見れる進化人類は、個を煮詰め過ぎた想像力の欠如のような症状に陥ることは無いのではないかと思うのです。

自分を軸としながらも全体をバランスよく見渡せる力には、自然と他者への想像力がついてくるのだと思います。

そして現代の人類は、「個」の悪性の罠に落ち、想像力が欠けているからこそ、環境を破壊し、他の動物の住処を奪い、いまだに戦争を続けているのではないか、そう思ってしまいます。

自分は進化人類が現れたのは、人類という元凶を淘汰する何かしらの意志があったのではないか、そう考えてしまいました。





誰かの為に考えること

バーンズ大統領が人類の負の部分を背負っているとするなら、古賀研人は人類の可能性を示唆している存在と言えます。

研人はバーンズよりも、輪をかけて普通の人間ですが、彼は自分が命を狙われる可能性も省みずに、まだ見ぬ人々を救うための薬の開発を続けます。

父のメッセージにもあったように、命の危険が迫っているのだから、研究を投げ出してもよかったのです。

しかし、彼は病気の人々を救うために粉骨砕身で戦いました。

これはまだ見ぬ多くの人を助けたいという、「自分と他者を含めた全体の幸せ」を想像できるという、進化人類に連なる精神だと思います。

研人の例は、今の人類にも、精神の力により、進化に手が届く可能性がある存在がいるということを示しているのだと個人的に感じました。

そして研人のような人が徐々にでも増えていくなら、人類が進化人類や、まだ見ぬ何かと手を取り合っていける未来も、時間はかかるかもしれないけど開けるのかもしれない、そんなことを思いました。

この物語は、圧倒的なスケールとSF的な世界観の融合で読者を楽しませてくれる一方で、現代人類の歪みと業、そしてその旧弊を打ち破る可能性についてを強烈に問いかけているメッセージ性のある作品でもあります。

社会から悲惨な事件は増え、人類の未来の闇に目が行きがちな私ですが、人類の可能性の方へと意識を切り替えて、色んな可能性を模索したい、そんなことを思わせてくれる作品でした。

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