今回取り上げるのは、19世紀のフランスを代表する小説家、オノレ・ド・バルザックの短編集「グランド・ブルテーシュ奇譚」です。
バルザックはとかくひたすらコーヒーを呷りつつ、むさぼるように小説を書き続けたとも言われ、その作品数の多さもさることながら、多彩なアイデアや社会の風刺、そしてそれらを個人の人間の性にリンクさせた作風により、フランスのみならず世界的に評価されている文豪の一人です。
私は数年前に代表作の「ゴリオ爺さん」を読んだくらいしかバルザックの作品に触れていなかったので(ゴリオ爺さんは傑作です)
本屋にてお気に入りの光文社古典新訳文庫で本作を見つけたのをきっかけに「久しぶりにバルザックに触れてみよう」と思い、購入し読了したのでした。
本作には表題作の「グランド・ブルテーシュ奇譚」の他に「ことづて」「ファチーノ・カーネ」「マダム・フィルミアーニ」「書籍業の現状について」の4編が収録されています。
「書籍業の現状について」は社会評論ですが、それ以外は全て小説です。
本作に収録されている作品に共通するのは、どの作品にも何かしら極端ともいえる人間の性が活き活きと描かれていることです。
それがサイコホラーテイストでもあれば、一種の人情劇、または哀愁ただよう冒険譚でもあるわけですが、全てが人間しかもちえない、どこか突き抜けた性に結びついているので、読了後も心のどこかにバルザック風味の粒子が残り、後を引く味わいとなっています。
本作を読んでどこかでバルザックの作品と腰を据えて向き合わなければいけないなと改めて感じました。
それでは以下、それぞれの短編について簡単に紹介し、書評を終えます。
グランド・ブルテーシュ奇譚
主人公が、メレ伯爵夫人が持っていたグランド・ブルテーシュ館にまつわる奇妙な噂を聞き、聞き込みにより噂の真相に迫っていくというホラーテイストな作品。
とかく愛情の歪みと恐怖が鮮やかに昇華されており、最後の1文には戦慄させられました。
ことづて
乗合馬車の旅で仲良くなった青年の不慮の死を、その青年の不倫相手の夫人に伝えに行く話。
40歳の女性の多くは、ある種の20歳の女性よりも若いなど、今読んでも共感できる感性や言葉が光ります。
しかしバルザック作品は、夫が精彩を欠く愚者に書かれるなあと思いつつも、それもまた現代にも通じているとしみじみ感じるのでした。
ファチーノ・カーネ
知人の結婚式で会った盲人院の楽団の老人から、財宝を巡る冒険譚を聞く話。
壮大なのに哀愁溢れる物語は、私だけかもしれませんがなぜか優しい気持ちにさせられました。
マダム・フィルミアーニ
フィルミアーニ夫人にまつわる様々な噂を序盤で怒涛のごとく紹介し、後半は大事農場主のド・ブルボンヌ氏とその甥が物語に絡み、本当のフィルミアーニ夫人の姿が描かれるという流れのお話。
特筆すべきは「自分本位」「気取り屋」「観察者」「反論人種」などなど、夫人を噂する人たちを怜悧かつシニカルにユーモアを交えて語るバルザックの人物評の面白さです。
これを読むだけでバルザックが「良い意味で」性格の良くない愉快なおじさんであることが分かります笑
物語の畳み方はご都合主義的だと思う人もいそうですが、ラストの展開は個人的に世代による責任論だと捉えているので、自分は良いと思いました。