<姉>
道なりに住宅街を進んではいるものの、さきほどとはうってかわり、私のセンサーに引っかかるものはあまりない。
すると、とうとう学校の校門に着いてしまった。
今日辿り着けるのはここまでなのかもしれない、そんな弱気な考えが頭に浮かんでくる。
とりあえず校門に近づいてみる。
おうジーザス!!
なんと、鍵がかかっていない。
黒い鉄の取っ手をひねり、門自体を横に引きずる。
鈍い音と共にレールの上を移動する鉄の塊。その隙間から、黒い空間が覗く。なるほど、どうやら私は次のステージに行く資格を手にしたらしい。
慎重に辺りを2、3度確認したのち、体を横にしておそるおそる校庭に入る。
漆黒の闇の中で、固い土で覆われたステージは、いつもより剛健そうに見えるものの、おぼろげな月の光がその表情に優しい面影を映し出している。
そのご尊顔の上を、恐れ多くもコツコツと音を立て前へ進む。
靴を跳ね返すグラウンドの無機質な硬さが、不思議と心地よい。自然と、いつもよりもしっかりとした足取りになっている。
気分的には、夜間に急に思い立ち、半年ぶりに領地へと帰ってきた壮年の伯爵になったかのようだ。
そんなことを考えているからか、歩けば歩くたびに手足や姿勢が正される。俯瞰してみたときにパリッとパキッと見えたらかっこいい。
そんな風に自分の体にばかり意識が向けていると、ふいに何かが足に当たる。
私としたことが少しだけ驚いて体を崩してしまう。
ポンッと音がした方に視線を向けると、白い球状の物がコロコロ転がっている。サッカーボールだ。
私は戦慄する。こうまで露骨なメッセージを送ってくるとは相当慌てておるな。
とはいえそう簡単に挑発に乗る私ではない。しかし怯えているという風に捉えられることもまた、本意ではない。
私は本日、初めての長考に入る。
どうしたものだろう?
しばらくあごに手を当てて考える。
はっ!
あぶないあぶない。
あやうく思考の迷路に迷い込むところだった。
校門が開いた時点で常識は通用しないステージにいるのに、何を長考する必要があろうか。
瞬間的な直観。
これを研ぎ澄まさない限り、やっと開いた小さい裂け目が広がっていくことはありえないのだ。
私は、少しだけ下がり思いっきり足を後ろにそらした後、ボールを勢いよく蹴り上げた。
ポーンという軽快な音とともに、夜の闇を、白いボールが分度器のような弧を描いて彼方へと行く。かなり上空まで飛んだボールは校庭を超えて住宅地のほうへ消えていった。
辺りはすぐに静寂を取り戻す。
うん、100点満点だろう。今頃ボールは、すでに存在自体が消えている可能性が高い、そんな気がした。
あまり余韻に浸ることもなく私は校庭を進む。
門が開きボールはすでに放たれた。
この時点で道は完全に開かれたことを、私はほとんど確信していた。
そして案の定、下駄箱前の校舎の扉は開かれていた。
まあそもそも下駄箱前の扉はいつも鍵がかかっていなかった気がするが、そんなことはどうでもいいことだ。
私は既に招待状を鍵穴にねじ込み、こじ開けることに成功している。少しあごに力を入れ、あたりを見回す。
そしていい姿勢をキープしたまま、私は校舎の中へ入ってく。