<雑記>水言葉

雑記

私とウォシュレットの相性は悪い。


誤解が無いように言いますが、私の方はウォシュレットを愛しています。

あのシューという清浄感を体験した今では、キャンプ場とかの昔ながらの紙ベースのトイレがまだこの世に存在するということを考えるだけで、イクラサイズの鳥肌が星の数くらい、左の二の腕に出てきます。

もし引越し先に、ウォシュレットが付いていなかったら、電気よりガスよりもまずウォシュレットを優先することは、もはや火を見るより明らかです。


しかし、そんな私の愛はウォシュレットサイドには全く届いていないのです。


まず、便座が自動で上がるタイプのトイレは私の時だけ、ほぼ100%上がりません。

そしてウォシュレットが付いているのに、全く反応しないことも3回に1回くらいはあります。

そして無事に水が出ても
「プシュープシュン・・・」という辞世の句と共に、3秒くらいで水が絶命することもしばしば・・・


こうなってくるともう完全に私が嫌われてるとしか思えません。


そしてこの前、極めつけの事件が起きました。


私が、お気に入りのショッピングモール内のカフェで読書をしていた時のことです。

そこのカフェにはトイレは無く、ショッピングモール内のトイレを利用するタイプのお店だったので、私は読みかけの本を置き、トイレに向かいました。

2個あった個室の、正面の広い方が空いていたので、そこに入ったのですが、ふと


「今日のウォシュレット大丈夫かしら」


という自分のウォシュレット運に対する不安が巻き起こります。

ウォシュレットというのは不思議な物で、良い時は連続で素晴らしい洗浄体験が続くのですが、悪い時は3連続で何かしらの悲しい事件が巻き起こったりするため、その日のウォシュレット運により一日の洗浄事情は大部分左右されてしまうのです。

そして本日に関して言えば、これが初。

つまり今日のウォシュレット初め、ウォシュレット開き、ウォシュレット入学、ウォシュレット新卒なわけで、この1回が今後を左右するわけです。


まずウォシュレットボタンを押し、水は出ました。

しかしエンジンはかかっても、それが続くのかが問題です。

そして水圧という問題もあります。(たまに雪解けのせせらぎ位の微弱なところもある)


しかし、今回は水圧も申し分なし、そして勢いも衰える気配もありません。


「私は勝った!」

これで今日一日は、無事な洗浄ライフを送れると思い、私は安堵しました。






しかしここで、事件は起きます。




満足して「止」のボタンを押す私。





「あれ・・・」






もう一度ボタンを押す私。







「・・・・・・」





そうです・・・・・










ウォシュレットが止まらないのです!!






これはまさにパニック!!

P!!A!!N!!I!!C!!です!!


何度「止」ボタンを押しても、止まらない水圧、そして上がり続ける私の血圧、押し上げる水のケツ圧・・・


しばらくパニック状態が続く私。



しかし、人間の心理とは不思議な物で、しばらくすると台風の目の様な、驚くほど冷静になる瞬間というのがおとずれます。


私は、自然となぜ「止」が機能しないのかの理由を考え始めていました。






説①イライラ連打説

・このショッピングモールには基本的に、エベレスト並みの高血圧のヤツしかおらず、高橋名人ばりにボタンを連打し、「止」を破壊した。

→結論:そいつらは万死に値する




説②ウォシュレットテロ説

・トイレ製造メーカーに、長い年月を身を粉にして働いてきた男が、55歳の時にリストラにあい、世の中を恨み、自分が出来る技術を使い「止」ボタンを破壊。世の中に復讐を遂げた。

→結論:テロで歴史が変わることは無い。犯人は万死に値する。




説③悪ふざけ・息抜き説

・ずっと同じウォシュレットを作ることに飽きた技師たちが、100台のうち1台は「止」ボタンが働かないウォシュレットを悪ふざけで提案したところ、息抜きも必要だという常軌を逸した理由で上層部もOKし、私がその息抜きの犠牲になった。

→結論:それをやられた人に対する想像力の欠如。万死に値する。





おそらくこの中のうちのどれかに違いない・・・



しかしいくら理由が分かっても止まらない水・・・



そして今度は、パニックでも、理論でもなく悲しみが私の胸に襲いかかってきます。


「ああ、私はこのまま水圧により、背骨を砕かれ、脳天を水に貫ぬかれて、つむじから6方向に噴水を噴出し、文字は違うけども「噴死」するんだろうなあ、短い憐れな人生だった・・・」


そんなことを思い、下を向いたその時、何かコードみたいなものがちらっと見えます。


ここで我に返る私。


「そうか電源のコンセントを抜けばいいんじゃん」


そして便器の横の下についていたコンセントをそっと抜く私。


するとシュンと音がしてぴたっと水が止まりました。






「ふううー」




と安堵の深呼吸が自然に出ます。




そうです。ここにおいて危機は去ったのです。







疲れ果てながらほうぼうの体で個室を出る私。

するとトイレの出口の横にある用具入れの前に、水色の制服と帽子を着た、60代位の清掃員のおばあさんが居るのが目に入りました。

この後使う人が困るだろうし、一言言っておいた方がいいかなと思い、おばあさんに声をかけます。


「すいません、男子トイレの正面の個室なんですけど、ウォシュレットの「止」ボタンが壊れていて止まらなくなってますよ」


このおばあさんは、非常に穏やかで朗らかな顔をしていたので当然


「そうですか、ちょっと見てみます」

みたいな言葉が返ってくるのかと思っていたのですが、帰ってきた言葉は思いがけない言葉でした。










「そうでしょうねえ」






えっ



そうでしょうねえ




そう・・・




でしょう・・・・




ねえ・・・・・





聞き間違いではないよね・・




混乱の最中に居る私を置いて、そのおばあさんは朗らかな顔で、女子トイレの清掃に向かいました。



そうでしょうねえ・・・


とりあえずカフェに帰ってきても、その言葉の意味が私の中でうずまき、読書どころではありません。


席に着きながら「そうでしょうねえ」の意味について考えたところ。

3つの説に行き当たります。






説①:水の魔女説
・おばあさんは、誰かが「止」を破壊したことを知っており、それどころかウォシュレットで困った人の、悲しみのパワーを糧にしている魔女であるという説。

→へっへっへっ、そりゃそうでしょうねえ




説②:口止め説
・おばあさんは闇の組織「指定水力団」の幹部に脅されており、心を痛めていながらも、曖昧な言葉で濁すことしか出来なかったという説。

そりゃ、私にはどうすることにもできないんだよ。そうでしょう?あんたも最終的には人の命より、自分の命が大事でしょう?ねえ




説③:名前説
→本名が、早出生寧(ソウデショウネイ)さん。







しかしいくら考えても、納得のいく答えは出ません。

もう読書する気分ではなくなっていたので、私はカフェを出て、下のコンビニに向かいます。


私の疲れた時の必需品「ピュレグミ グレープ味」を手に取り、レジに並んでいても、ウォシュレットと「そうでしょうねえ」が頭から離れません。


ベンチでグミを食べてるときも、ずっと鳴り響く「そうでしょうねえ」の言葉。


グミを食べ終えた私は決意しました。







このまま、家に帰るわけにはいかない!!






そしてもう一度、ショッピングモール内に入る私。




そうです、私は戦場にもう一度戻る選択をしたのです。





「I’ll be back.」

とそっと呟きながらトイレに向かう私。


ドキドキしながら男子トイレのドアを開けると、例の正面の個室には誰も入っていませんでした。

「これでもう行かなくていい理由は無くなったな・・」

覚悟を決めて、個室に入る私。


そしてトイレを見ると、誰がコンセントを入れたのか、ウォシュレットは再び点滅し活動を再開しています。


皆さんもうお気づきでしょうが、そもそも私には何の勝算もありません

なんとなくもやもやして戻ってきただけなのです。


そしてやめればいいのに、またウォシュレットを押す私。

放たれる水。

適度な水圧。

心地よい温度。


そして止まらない水







そうやはり止まらないのです。

私は何となく期待していたのです、今度は普通に「止」ボタンで止まるんじゃないかと・・

しかし、神はただ待っているだけの者には微笑まないのは道理。

私は、ただそこに座りつくす、水に打たれる屍と化していました。


しかし、その時唐突にあの言葉が蘇ります。


「そうでしょうねえ」


・・・まさか


・・・・いやいや、そんなことはあるまい


・・・・しかし一回やってみてもいいかな


私はやけくそで、力一杯「止」ボタンを長押ししながら


「そうでしょうねえ」と呟きました。







すると・・・・

なんと・・・・

マジで・・・・・・





水が止まったのです!!






そんな話があるのかと自分でも驚きましたが、本当に止まったのです。

つまりあのおばあさんは私に、「止」ボタンの起動ワードを教えてくれていたことになります。


そしてウォシュレットは、それ以降は「止」ボタンで普通に止まるようになりました。

起動ワードは一度音声認識すればOKなのでしょう。



ここまで読んで、それはお前が長押ししたからだと思う人がいるのは仕方ないと思います。

しかし私は分かるのです。

絶対にウォシュレットは、あの言葉に反応したと。

人生において私は言葉・言霊の力を再認識しました。


あれ以来、私はたまに空を見上げ、あのおばあさんを思い出しながら

「そうでしょうねえ」と呟き、「ピュレグミ グレープ味」を食べているのです。



(お♪し♪ま♪い)

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