<書評>ワイルド・ソウル 爽快な現代の巌窟王

考察

「ワイルド・ソウル」は垣根涼介さんの長編小説です。

最近、大正や昭和の文豪の本ばかり読んでいたので、久しぶりにエンターテイメント小説が読みたいと思い、長い間読もうと思っていた本書をついに読破しました。

本作は、おそらく誰が読んでも、分かりやすくて面白い作品なので、今回は自分が面白いと思ったポイントを書いていく感じになります。

それでも物語の重要部分に触れることもあると思うので、ネタバレが嫌な人はここでストップしてね。

物語の魅力

本作は、1960年代に外務省が、あたかも楽園のようなうたい文句で、南米に農業をするための移民を募集したことに端を発します。

うたい文句を信じ、現地に行った人々は、言葉とは正反対の、荒れた大地に驚愕します。

野生のような状態の生活に置かれつつも、脱出することも叶わずに、次々と命を落としていく移民たち。

しかし、さらに質が悪いのは、それを知っていながら外務省は次々と移民を送り込んだことです。

外務省は、自らの利益の為に、移民を送り続け、そしてそれらの人々を見殺しにし続けたのです。

そして本作はそんな外務省に対し、復讐の鉄槌を下していく男たちの物語です。



本作の魅力は心地よいテンポとスピード感や、キャラクターの魅力、こちらにも体感として伝わるんじゃいかと思う位の、ほとぼしる熱量等、盛り沢山であり、人の快楽原則を押さえ、それを揺さぶってくるため、全く退屈せずアドレナリン全開で読破出来ます。

しかしこの本の凄いところは、快楽原則を刺激するだけの作品ではなく、「外務省の南米移民の問題」という、移民の人たちの想像を絶する苦しみや、加害者側の責任回避や、見たくないものをねじまげる深層心理の根本の問題等を徹底的にリアルに描いていることです。

移民たちがいかに苦しみ、戦い、そして様々な理由で命を落としていったのか、そしてその人たちの訴えをいかに官僚的発想でつぶしていったのかが序盤に詳細に描かれるので、主人公たちの復讐劇に全力で体重が乗っかり、いやがおうにも物語というソリを加速させます。




官僚たちの想像力の欠如

この物語に出てくる官僚たちや、南米移民に関わってた人というのは、いわゆる普通の人で分かりやすい悪者ではありません。

しかしどの人物にも言えるのが、圧倒的に想像力が欠如していることです。

自分がここで小さい嘘をつくことが、南米に移住した人たちを殺すことになることを、しっかり想像することなく、組織や自分の利益を優先してしまうわけです。

さて、いきなりですが自分は日本の官僚にいいイメージを持っていません。

ノンキャリアの人は一生懸命頑張っている人が多いと思いますが、平成になってからの報道を見ても、キャリア官僚の傲慢さ、無能さは目に余ると思います。

彼らが大事なのは前例通りにやること、効率を良くすること、そして自分が組織で出世することだけです。

実は民主主義というのは話し合うという過程が大事で、それは効率とは相反するものですが、日本は官僚が全てを効率で采配していきます。

そしてそれを繰り返していく間に、考える力、想像力が欠如していき、組織の為になることをいかに早くやるかということしか考えない、無能の集団が形成されていきます。

この南米の問題は、まさにそれが顕著に出た事例で、そして想像力の欠如が、実際に人を死へと追い込んだ事例だと言えると思います。




フェアな復讐

この物語が読んでいて、非常に気持ちがいいのは復讐の内容に「フェアであること」という要素が組み込まれていることにあると思います。

復讐すべき外務省には、昔のことを知らずに一生懸命やっている若い人もいることも考慮されており、また実際に復讐を下す人物たちにも、あるルールを課して助かる道を確保したりと、そこには何かしらの余裕が見えます。

切羽詰まった復讐劇でありながら、どこかしらから流れ出ている余裕みたいなものが、物語を必要以上に重くせず、主人公たちへの感情移入を助けるので、どんどんページが進んでいくのです。




命より大事なもの

この物語の主人公的な存在に位置するのがケイです。

彼の意識は日本人というよりはブラジル人ですが、両親たちが日本にされたことの仕打ちは忘れず、心に受け継がれています。

とはいえ普段の彼は非常に陽気で、懐の深い余裕のある楽しい男です。

日本での大事な計画の最中にも、奇麗な女の子がいたら口説いたりなど、ラテンのノリ満載です。

しかしただ軽いだけの男ではなく、本質的なことはしっかりと魂に刻まれています。

彼の中にあるのは法律や体裁ではなく、いかに自分の魂に準じて生きるかということです。

だから彼は、物語の中で、命を捨てる選択肢も平気で実行に移そうとしたりもするのです。

戦前、命よりもお国が大事という風潮に世の中が支配されていたことがありましたが、ケイの覚悟はこれとは全く違う一戦を画すものです。

彼が準ずるのは国や集団ではなく、自分の中の魂なのです。

このケイというキャラクターがこの物語の、まさに野生の魂を牽引していると思います。




何かをくれるエンターテイメント

この作品は、テンポが良い素晴らしいエンターテイメントでありながら、それでいてしっかり読んだ後に何かをくれる作品になっています。

それぞれが抱える立場の違い、心の在り方、違いはあっても共通するモノ、野生という荒々しい自由さ等、読んだ後、確実に自分の精神の質量は重くなっているはずです。

スピード感がある展開で、あっという間に読めてしまうのに、大事な何かをしっかり残してくれる素晴らしい本作に感謝し、本記事を終えます。

何だかよくわからないモノを目指し、ブログやってます
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