瞬間循環-6

<弟>

 しばらくは特に何も起こらず進んでいる。これはいい傾向だ。

 気分も楽に、追跡すること数分、姉はとうとう学校まで来てしまったみたいだ。

 まあ姉も盗賊じゃあるまいし、無理やり学校に入りはしないだろう。これでようやく一風変わった夜の散歩もおしまいだ。めでたしめでたし。

・・・・・・

 ん?

 遠目から校門を見てみる・・・

 あれ、門が少し開いているのか、いやいやまさかそんなこともあるまい。

 姉が近付き、門を横に押す。そしていとも簡単に動く門。

 おう、ジーザス!!
 なんということだ。

 そりゃあ人間だ、鍵をかけ忘れることもたまにはあるだろう。しかし、それが今日である必要はないではないか!

 今日以外、いやこの時間以外ならいつでもいい。しかし今、この瞬間だけは鍵は閉まってなければならなかったはずだ!

 姉の姿が門の中へ消えた。

 そりゃあそうだよね、僕が姉でも入るもの。

 引き返すことも考えたが、今まで路上で姉がやったパフォーマンスの数々を考えると、それは無理な選択だった。

 どう考えても路上より学校のほうが、素っ頓狂なインスピレーションを刺激する道具が満ち満ちていることは明白だからである。

 僕には進む以外の選択はありえなかった。

 あたりを見回し、体を横にして門をくぐり、すぐに校門右の、木の植え込みゾーンに走り込む。とりあえず木の影から、しばらく様子をうかがうことにした。

 夜のシックな空気の中で、さわやかで控えめな木の匂いが鼻をかすめる。こんな時でも五感が健在な自分に驚きを禁じ得ない。

 さて遠くから見える姉は、やたら姿勢よくパキパキ歩いている。

 スムーズにきれいに動くものを見て、こんなに不安な気持ちになるのだから、人間の感情は奥が深い。

 しばらくして姉の動きが止まる。何かあったのだろうか?

 遠くでなかなか見えない。
す るといきなり姉が足を振り上げるのが見えた。

 ポーンというアホみたいに軽快な音。

 嘘のように飛んでいくボール。闇夜に白い虹が駆け抜けていった。

 しばらくしてから我に返る僕。

 あいつめ、とうとうやらかしおった!

 ボールは校庭を超えて、住宅地のほうへ落ちたみたいだ。

 まずい! 姉の素っ頓狂な行動が、誰かの頭上に重力をまとい、暴力となって降り注いでいるかもしれない。

 しばらくその方角をみたあと、平然と歩き出す姉。その姿はまるで、校舎という城で今から戴冠する皇帝のようだ。

 僕は悪逆の女帝をとりあえず無視して、ダッシュでボールの落ちたところへ向かう。

 校門を出た角を右に曲がり、マンションが並ぶ住宅街道路へと足を進める。

 すると電信柱の少し前のくぼみに、まぬけな顔をつやつやさせて、我在りといわんばかりのボールを、そこに発見する。

 嘘のように自信満々に、まるで静止画のように固定されているボール。

 なぜかその佇まいに無性に腹が立ち、海の方向に蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、それをやった時点で僕も姉と同じレベルまで落ちてしまう。

 あとそもそも、ここから海まで届く脚力を僕は持ってない。

「はあ」

 ボールをゆっくりと拾い上げて再び校舎に戻る。姉の姿はもうない。

 校舎を見上げる、月が窓ガラスに反射していて奇麗だが、その下にはボールを持ってぽかーんとしている間抜けが一人、おぼろげに映っている。

 果たして僕はいったい何をしているんだろうか。

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