<弟>
ソファーの近く、ひじ掛け机の上にある、お菓子の袋に手を入れながら、テレビの画面を眺める。
特に見たいものがあるわけではないので、ぼーっと視界を泳がせているという感じに近い。
「はっ!」
隣の姉が、謎の奇声を上げた。
すでに嫌な予感しかしない。姉が一音節の言葉を唐突に発したときには、ろくなことが起こらないことを僕は知っている。
聞こえないふりをしてお菓子の袋に再び手を入れる。
「はっ!」
今度はより強めに言ってきた。
さすがにこれに反応しないわけにもいかない、内心うんざりしながらも渋々聞いてみることにした。
「どうしたの」
姉は深刻そうな表情を浮かべて言う。
「私、気づいちゃったの」
続きを聞きたくはなかったけれども、一応質問を述べる。
「何に」
姉は顔だけをくるっとこちらに向ける。
「いい?私たちは色んなものを食べてるよね。お菓子も、野菜も、お肉も」
「そうだね」
「おかしいわ」
「どこが」
「うまくものごとが運びすぎてるの」
姉は映画等でよく見る、機密事項を喋る女スパイみたいなトーンで続ける。すでに主演女優気取りなのが腹立たしい。
「まずこんなに色んなものがあって、それが全ての人に都合よくいきわたるのはおかしいわ」
「みんなが物を作って社会は成り立ってるんじゃないの」
「スマホや家電を作る人、それを流すシステム、全部人が作ってるのよ。そのわりに全てが上手く流れ過ぎてる。おかしいわ。どう考えてもスムーズすぎる」
「分業社会って学校でいってたよ」
「でも私の家族は何も作ってないじゃない」
「そうだけど、それは他の人が・・・」
「私の友達の家族で、何かを作ってる人は誰もいないわ」
それはお前に友達がいないからだ、と言おうと思ったが、無駄な争いは避けるべきだと思い直し、口を閉じる。
「そして私は気づいたわ。絶対に何かがある」
「何かって何さ」
姉は厳かな表情で僕に言い聞かせるように言う。
「何かがあるかもしれないし、いるかもしれない。それは分からないわ」
すると姉はすっとソファーから立ち上がり、自分の部屋へ向かった。
「どこに行くの?」
「それを探しにいくの」
しばらく隣の部屋から、大げさな、がさごそした音が続く。それが静まると、姉の足音が玄関の方に移動する。
ガチャンと玄関のドアを閉める音が聞こえた。数秒間の静寂。
その後なぜかもう一回、ガチャンとドアが閉める音が聞こえる。
数秒間の静寂とガチャンという音が、同じテンポで三回ほど繰り返される。
一体何をしているのだろうか?
そんなことを思っていたら、一際大きいドアの音を最後に、本当の静寂が訪れた。
「はあ」
僕は溜息をつきながら、再びお菓子に手を伸ばした。