ピンポーン
こんな時間に誰かしら。
ピンポーン
出たほうがいいのかな。
ピンポーン
こんなに鳴らすってことは何か緊急の用事かしら。
少年はまだ眠気を引きずっている体を無理やり持ち上げ玄関に向かった。そういえば玄関のチャイムが鳴る音を聞いたのは人生で初めてかもしれない。
両親は鍵を自分で開けて帰ってきたし、そもそも最近は鍵がかかっている方が稀であった。
しわくちゃな上に埃が被さっている衣類の森たちの間を、ひょこひょこと足場を飛ぶように玄関へ移動する。
そして深呼吸した後、少年はおそるおそるドアを開けた。
「メリークリスマス」
そこには茶色い擦り切れたズボンに、鼠色のヨレヨレのワイシャツを着た男の人が立っていた。
まっ黒の髪は、くしゃくしゃで、表面が油ぎっており清潔感はない。髭の剃り跡には剃り残しが目立ち、かなり髭が濃いことが伺える。肌はしっかりと茶色に日焼けしていて、その中で鋭くうるうる輝いている瞳がとても浮き立って見える。
少年の、その男の最初の印象は「東南アジアの屋台でバナナとかナッツの叩き売りをしていそうだな」というものであったが、黒髪の上にちょこんと載っている赤い三角帽子だけが、その印象から逸脱していた。
「どなたさまでしょうか?」
男はこちらの目をまっすぐ見つめた。
「サンタクロースです」
奇妙なハイトーンボイスが、アパートの真空のような空間に響く。その響きが少年の体全体に不思議な振動を感じさせた為、言葉の内容を理解するまで少し時間を要した。
そしてようやく驚きの感情の波に襲われた少年の心の中で、それと同時に「この人がサンタだとは思えない」という疑いの気持ちも沸き上がる。
家の玄関で、しばらく直立不動で佇む少年。そしてこちらを真っ直ぐ見つめる自称サンタ。
しばらくしてようやく頭が働くようになると、ふいにサンタクロースを絵本でしか知らないという事実に少年は思い当たった。
ということは目の前のおじさんがやたら日焼けしていても、体からチーズと納豆が混ざったような匂いをぷうんとさせていても、サンタではないという証拠にはならない。
それどころか、うるうるした瞳を正面から見据えるうちに警戒感が急速に薄れ、もしや本当のサンタクロースというのはこういうものなのかしら、という気持ちすら感じてきた。
「とりあえず中へどうぞ」
少年は衣類の森を再び、ひょこひょこしながらリビングへ向かう。自称サンタは、ゆっくりと茶色いビーチサンダルを脱ぎ、しっかりと揃えた後、同じようにひょこひょこしながら少年の後を追い部屋に入ってきた。
少年は思った。絵本のサンタは煙突から不法侵入の体で入ってきたが、こちらは正面玄関でチャイムを鳴らし、履物もそろえて入ってきた。
サンタもサンタである以前に人間で、人間が出来ていないのにサンタがつとまるとは到底思えない。よって現時点において、よりサンタとしてのレベルが高いのは、目の前にいるおじさんの方であろう。
居間のドアを開けた少年は、食卓にある手前の椅子にサンタを案内した。
サンタがお辞儀をして腰かけるのを眺めながら、少年も隣の椅子に腰をかける。