<考察>「女坑主」 青年は一体、何を見たのか?

考察

この作品は、怪奇さや幻想性の色濃い作風で名高い、夢野久作さんの短編小説です。

夢野さんの作品は「ドグラ・マグラ」が日本の三大奇書として有名ですが、読もう読もうと思いつつもまだ読めていません。(いつか読みたい!)

今回は「少女地獄」という短編集の中の、一編に収録されていた「女坑主」という作品が、峻烈な映像を心に焼き付ける名作だと感じたので、考察します。


以下、物語の重要部分に触れるのでネタバレが嫌な人はここでストップしてね。

ざっくりストーリー

新張炭坑の女坑主である新張眉香子のもとに、みずぼらしい茶色い背広の青年が訪れます。

青年は、仲間と共に政府当局からの意向を受けて活動しており、その活動とは、イギリスとイタリアの間に戦争を起こすように仕向け、ヨーロッパを大混乱に陥れ、その隙に支那の英・仏の勢力と共産軍の根拠をたたきつぶすという目的であることを眉香子に伝えます。

そしてその作戦で使う爆薬が足りないので、その爆薬をもらう相談をしにきたのでした。

快くOKを出す眉香子ですが、すぐに旅立ちたがる青年をやたらと引き止めます。

青年は仕方がないので椅子に腰を下ろし、しばらく会話したあと二人は乾杯します。

すると眉香子はなぜかシャンデリアを消し窓掛を開けます。

そこに炭坑内に何千何百と並んでいた電灯が炭坑構内を映し出します。


すると、なぜかいきなり震え出す青年・・・・・応接間をヨロヨロと出ていってしまいます。


おぼつかない足取りで新張家を出た青年ですが、気持ちを立て直し、仲間がいるはずの旅館に向かいます。

しかし旅館で部屋に入ると、すでにそこには4人の刑事が張り込んでいました。

青年の正体は、共産主義政党の九州執行委員長だったのです。

すでに同志は全員捕まっていました。

この地域に来た人にしては色が白過ぎることを眉香子が気づき、警察に連絡していたのです。

縛られた青年の恨み節を背にして、笑いながら眉香子は廊下を出ていくのでした。






青年と眉香子との会話

さてこの物語の肝は青年が炭坑構内のライトアップを見て異様に怯えたことです。

その後、眉香子の屋敷を出たあとの青年の態度や旅館での素振りを見ると、警察が自分たちを狙ったことに気づいたから怯えたというわけではなさそうです。

ヒントになりそうなのは爆薬を譲ってもらえることになった後の眉香子との会話です。

以下要約

青年のセリフ
・「ぼくらはゼンマイ仕掛けの人形のようなもん、早く自分の命を片付けたい、このままでは詰まらない」
・「恋愛なんてほんの一時の欲望、お金のかからない遊蕩」
・「噓事をブチ壊して空っぽの真実の世界に返してみたい」



眉香子のセリフ
・「それじゃあ虚無主義者ね」
・「この世に興味を喪失してしまった人間の粕みたいな人間が主義者になる」
・「妾がお眼にかける夢で、死ぬのをイヤにさせてあげる」
・「醒め切れない印象をあなたの脳髄に残してあげる」


これが大体の二人の会話の要旨で、ここで語られるのは二人の人生観や哲学の一端です。

この会話から推察するに、このあと見る炭坑構内の光景というのは、内面や心理に何かしらの効果を与えることを暗示しています。






青年が見たもの

廃物の大クレーン、ポンプ場、積込場を照らす何千何百の電灯が、木も草もない石塊や廃材が作る寂莫な陰惨な世界を映し出す・・・・・

このような炭坑構内の光景を見た後、青年は眼をまん丸く、真っ白になるほど見開いてガタガタと震えだしてしまいます。


ここで「青年が見たものは何か?」ということについて自分の意見を述べます。

自分は青年はここで本物の人間の虚無を見たのだと思います。



青年が抱えてる虚無というのは、自分自身がどうにもならないというやるせなさや、世間は全然理想通りにいかない、といった思いから発生している青年特有の病のようなもので、根本は生きる衝動から発生しています。

青年の言葉や行動は、虚無の解決策として、誰かが掲げた主義や主張に同調して行動し、安直なナルシズムを満足させているように見えて、それは眉香子からすると、とても甘っちょろい虚無に見えたのでしょう。

眉香子からすれば、その主義を考え出した人というのでさえ人間のしぼりかすみたいな虚無でしかなく、それに乗っかっている青年なんかは、そこにすら達していないと考えたのだと思います。

そして眉香子は青年に彼女自身の虚無を見せつけます。

新張炭坑の妾として、さんざん欲望をむさぼり尽くしてきた彼女が到達した虚無は、炭坑の構内のような寂莫な陰惨な世界です。



1本の草木もない荒涼たる起伏と、消えかかったガラ焼の焔や煙が、腐った花びらのようによじれあってる光景は非常に乾いており、みずみずしいものは何一つありません。

彼女の内的世界はすさまじいものでした。

それをみた青年はあまりの寂寞さに恐ろしく耐えられなくなってしまったのです。

そこには死よりも恐ろしい何かがあったのです。


自分とは「全く異質な何か」を見たのと同時に、どこかに「自分と似たもの」も感じ取り、いずれそこに至るかもしれないという恐怖を感じた可能性もあります。

とにかく青年の脳裏にこの景色は強烈な印象を残したのでした。


青年が捕まった後の眉香子のセリフで


・「あなたみたいな可愛いお人形さんに殺されるのは本望よ」

・「妾はサンザしたい放題のことをして来た虚無主義のブルジョア」


という言葉が出てきます。眉香子は虚無を抱えながらもその風景を楽しんでいる領域まで達しているのです。

そんな眉香子からすると、青年が甘っちょろい子供ぐらいにしか見えなかったとしても仕方ありません。

自分はすばらしい作品というのは、自分の脳や心に何かを残してくれる作品だと考えています。

そしてこの青年が見た炭坑の光景は私の脳裏にも焼きついています。

「眉香子みたいになりたいか」と言われればそんなことはないですが、虚無を楽しむ所まで到達している彼女が、非常に魅力的に思えました。

自分もいつか旅路の果てに何かに到達し、願わくばそれがみずみずしい光景であってほしい・・・・・

本作を読み終えた後、そんなことを思いました。

峻烈な映像を、文字により浮かび上がらせ、心に植え付けさせる素晴らしい本作に出会えたことを感謝し、本考察を終えます。

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