何だかよく分からない不条理でアホなショートストーリー。
それが「かえる劇場」です。
気楽に見てね♪
鏡
はあ、今日も疲れたなあ
家に帰ってビールでも飲もう
しかしこの団地も寂れたもんだなあ
そして疲れてると5階まで階段で上がるのが辛い
ガチャ
ただいまー
まあ誰もいないんだけどね
しかし、毎度思うけどリビングにあるこの姿見の鏡
何のためにあるんだろうか
全ての階の部屋に設置されてるらしいけど、一人暮らしの男に鏡なんて要らないんだよなあ
・・・鏡に映る自分を見ると、老けたのを実感するなあ
そんなことありませんよ
うわああああああ
誰だお前、ていうか鏡から体が半分出ている!!
驚かせて失礼しました
私はアリス
この503号室の鏡に宿るものです
アリス・・・
鏡・・・
ええ、本当は姿を見られない方がいいんですが、今鏡の世界では空調設備の総点検が行われているため、あまりに熱いのでこちらに来てしまいました
・・・鏡の中の世界って本当にあったんですね
ええ、私はそこの住人です
いいなあ、鏡の世界って左右逆で悠大に広がってる夢のような世界なんですよね
うらやましい
いいえ、1Kです
ん?
左右は逆ですが間取りは1Kです
それ以上の広がりはまるでありません
・・・この503号室でさえ1LDKなのに
何か勘違いしてるようですが、鏡の世界は一つの鏡に対し一つの部屋として独立しています
そこには広がりなんてありませんよ
うーん、思ってたのとは違うなあ
でもその1Kの部屋は、アンティークの家具とかに囲まれたとても優雅な空間なのでしょう?
・・・ふっ
いいでしょう、では実際見て下さい
にゅるる
すごい、簡単に鏡の中に入れたぞ
どうぞ我が家を見て下さい
・・・剥き出しのトイレ、暗い照明、コンクリートの床、骨ばった古いベッド
ふっ
まるで刑務所の様な部屋ですね
それは間違いですね
ここは刑務所の様な部屋ではなく、刑務所なのです
どういうことです?
我々は、元々前世において凶悪な犯罪を犯した罪人なのです
その刑罰の結果、鏡の向こうの部屋に収容され
鏡が光るように、24時間絶えず裏から鏡を磨かされ続けているんです
地獄の様な世界だ
えっ、ていうことはこの団地の鏡の裏には・・・
この団地の全ての鏡の裏で罪人が鏡を磨き続けています
それどころか世界中の鏡の裏で罪人たちが今も鏡を磨かされ続けているのです
・・・全員1Kでですか
1Kです
うーん、僕が知ってる鏡の世界とは天と地ほどの開きがあるなあ
ドラえもんの映画の鏡の世界は、本当の世界の様に無限に広がっていたのに
あんなものはネコ型ロボットの戯言ですよ
言葉が強いな!
しかし、よくこんな地獄の様な生活を続けられますね
定期的に私をこの刑罰に派遣した「大いなる何か」とされる人物から
「いつか磨くことが、映されることに変わるから頑張れ」
というメッセージが来るので、それを励みに何とか頑張っているのです
抽象的なメッセージだ・・・
ていうか食事とかはどうしてるんですか、見たところ冷蔵庫とかもなさそうですけど
ああ、それは「鏡餅」を食べてます
ちょうど今ここにありますよ
えっ、ただの手鏡じゃないですか
鏡の中をよく見て下さい
うわっ、鏡の中に「鏡餅」が映ってる
実際に食べれないから、まさに絵に描いた餅ですね
・・・つまり食料は実質無しということですか
いいえ、鏡の中にある餅を精神で食すのです
ごめんなさい、そういうスピリチュアルな話は勘弁してください
その他にも「天ぷらの盛り合わせ」もありますよ
あっ、これは本当に天ぷらですね
いいキツネ色に揚がっていて美味しそうだ
食べてみてください
えっ、はい
それじゃあ失礼して・・・
ずるり、ああ、すぐに衣が取れちゃうなあ
・・・・・
中が鏡だ
そしてどれもこれも全てサイズの違う鏡だ
衣をめくると、本当の自分を直視せざるを得ないという本質をついた食事なのです
食に本質は求めていないんだけどなあ
おや、ここに新聞がありましたね
片付けるのを忘れてました
一面が内閣の組閣のニュースですね
でも何か写真が変ですね
ああ、それは左の方の半分の写真は鏡だからです
えっ、本当だ
右の厚労大臣と、左の外務大臣が全く同じ顔をしている
人数が半分で済むから燃費がいいのです
あれ、でも総理大臣がいないけど
真ん中は、鏡に映した時に困るので総理大臣は要らないのです
右と左しか要らないわけか・・・
おや、そろそろサッカー中継の時間ですね
あっ、壁にかかってる鏡がいきなりグラウンドを映し始めたぞ
時間が来ると、鏡に中継映像が流れるんですよ
私たちの唯一の娯楽ですね
あれでも、この試合変じゃない
ずっと味方同士でパス回してるだけなんだけど
当り前じゃないですか
だってグラウンドの敵の側は鏡ですから
・・・自分の反射とサッカーをしてるのか
自分の敵は常に自分ですからね
・・・んっ
何かお尻の下にある
何だこれ
それはこの前、娯楽用に配られた書籍ですね
へー、お洒落なデザインの文庫本じゃない
どんな内容なのかしら
どうぞ読んでみてください
・・・126ページ全てが鏡だ
ひたすら自分の顔が映っている
本を読むことは、自分を見つめなおすことですから
♪ピコピコピコン♪
あれっ、何か変なチャイムが鳴ったけど
なんてことでしょう!!
私はとうとう選ばれたのです
選ばれた?
一生懸命磨き続けていると、どこかで「真の鏡の間」に入れる資格を得ることが出来るのです
今のチャイムは私が選ばれた合図です
へー、良かったね
じゃあこれでようやく刑罰から解放されるのか
うーん、実は「真の鏡の間」に何があるのかは私も知らないんですよね
あっ、壁が横に動いて、奥に扉が出てきた
いよいよですね、怖いので一緒に来てくれませんか
乗り掛かった舟ですし、行きますよ
興味もありますし
ガチャリ
広い部屋ですね
何か中央に台みたいなものがありますね
台の上から流れる小さい銀色の噴水
そして、その横にはくしにささったマシュマロ、バナナ・・・
これは「鏡フォンデュ」ですね
そうですね
・・・とりあえずフォンデュしますか
そうですね
うん、バナナが鏡のコーティングでぼやけた味になって、何を食べてるのかまったく分かりません
マシュマロも同じです
あっ、奥に扉がありますね
よかったですよ
まさかここまできてフォンデュして帰されたら、たまったもんじゃありませんよ
ガチャリ
見渡す絶景、岩で作られた湯舟、そして湧き出る銀色のお湯、たまる銀色の液体
「源泉かけ流し鏡の湯」ですね
・・・そういうことか
・・・どういうことですか
この湯に入った場合、おそらく私は鏡にコーティングされ二度と今の私に戻れなくなるでしょう
・・・なるほど、「真の鏡の間」は罪人を処分する部屋というわけですか
そして見て下さい、いつの間にか我々が入ってきた入り口が消えています
えっ、本当だ!!
ちょっと待って、てことは俺も帰れないってこと?
残念ですがそうなりますね
なんてことだ、俺は何もしてないのに
見て下さい、足が自然と湯舟へ向かっています
本当だ
イヤだ、助けてくれえ
さっき食べたフォンデュに私たちの神経を操る成分が入ってたんでしょうね
うがあ、足が鏡に呑まれて
お先に失礼します
ご迷惑をおかけしてすいませんでした
ザブン
あいつ自分から飛び込みやがった
僕は嫌だぞ、あきらめるもんか
がああ、胸が吞み込まれ・・・
ごぼぼ
ぶぐぐ
・・・無念
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・はっ!!
あれ、ここは?
はっ、いつもの俺の部屋か
ビールを飲み過ぎて寝ちゃったのか
しかし嫌な夢だったなあ
・・・この鏡は外そう
それ以来、私は鏡を見るのが恐くなった。
全てのものは反射に過ぎない、そしてこの空虚な私自身も反射に過ぎないのではないか?
私はその想像と向き合うことを恐れたのだ。
しかし、いつか私も反射の海の中に還っていくのだろうか?
そんなことを考えながらも、私はとりあえず現状を生きている。
<完>