何だかよく分からない不条理な会話劇。
それが「かえる劇場」です。
気楽に見て下さい。
VIPルーム
はあ、取引先の接待で六本木の高級クラブに来たけど
気が進まないなあ
2階のVIPルームに先にいるって言ってたよな
・・・とりあえず行くか
うわあものすごい荘厳なドアだ!
大理石で出来てるのかしら
しかもドア少し開いてるし・・
入ってみよう、失礼します
あら、また客人?
すいません
あのー、日本カネバカリ工業の会長さんが先に・・・
ってうわあ!!
人が倒れて山の様に積み重なっている!!
しかもみんな干からびたミイラみたいだ
ここにいる憐れな子羊たちは皆、自分の欲望
すなわちVIPルームの魔力により自滅していったわ
うわあ、よく見ると、有名プロ野球選手、外食業界のやり手社長
大手自動車の会長、それに総理大臣経験者がぼろ雑巾の様に積み重なってるなあ
あなたもこのVIPルームに来たが最後
自分の際限のない欲望に身を焼かれることになるわ
いや、そんなことはないかな
へえ、謎の自信ね
正直僕は最近親に代わり社長を継ぐまでは、手取り15万で会社員をしていたから
こういうVIPルーム文化みたいなの全然好きじゃないんだよね
へえ、面白いわね
つまり自分は欲望のとりこにならないということね
何なら今から家に帰り、ポテチを食べながらゲームしたいとさえ思っている
そうこなくっちゃ
こういう相手こそ「VIPルームを司る魔物」と言われた私の腕を確かめるのにふさわしいわ
えいっ!!
何だ!!
VIPルームがいきなり淡い光に包まれ始めた・・
これから、あなたが深層心理で望む
究極のVIPルームツアーに招待するわ
一体、何を言って・・
ああ!!
淡い光が消えて、いつの間にか僕がいつも言っている行きつけの牛丼屋の景色になってる
驚くのはこれからよ
ああっ、いつもは壁のところに謎の階段が出来ている!
そして二階には、大理石で出来たミノタウロスのドアがある
松屋のVIPルーム、これぞ「ホワイトオークルーム」よ
「松」よりも高級な木材の名前を冠している・・・
さあ、ドアの中に入ってみるといいわ
失礼しまーす
こっ、これは
二ヤリ
豪華な茶色いシャンデリアだけど、どう考えても牛のホルモンを繋ぎ合わせている
そして壁にかかっている、ピカソが描いたような牛の絵は、よく見ると牛丼のこま切れ肉を散りばめた切り絵みたいになっている・・・
どう、ゾクゾクするでしょう
続いてはこれよ、えいっ!
あれっ、また場所が変わったぞ
ここは、ああっ、駅前の立ち食いそば屋だ
店の奥をよく御覧なさい
地下に下りる階段が出来ている
・・・そして地下のドアのエンブレムは長野県だけがやたら浮き出ている日本地図だ
「信州fromSARASINAルーム」よ
うわっ、部屋の天井から、金の細いリボンみたいのが幾重にも降り注いでいる
全て金粉をまぶした、信州の十割そばよ
シャンパンのボトルの中身黒い・・
中身はもちろ最高級のめんつゆよ
ソファーのクッションががさがさしてる・・
クッションは全部「かき揚げ」よ
なるほど、VIPルームの恐ろしさが分かってきたよ
続いてはこれよ
ん・・・
これは親戚が経営してるごみ処理場だ
ごみが積み重なってる四角い穴の奥の部屋の中をご覧に入れるわ
あっ、中の部屋で粗大ごみがシャンパンを飲んで、生ごみたちを蹴りまわしている
何かを足蹴にするのが権力の魔力の本質なのよ
あれ、何だ
入り口から、「テレビ」「エアコン」「冷蔵庫」が入ってきたぞ
そして今度はそいつらがシャンパンをあおって、粗大ごみを足蹴にしている・・
ヒエラルキーは残酷なものよね
もう嫌だ
僕はVIPルームなんかこりごりだ
お待ちなさい
まだまだお楽しみはこれからよ
えいっ!!
今度は何だ・・・
ここは、私がいつも行く釣り堀・・
釣り堀の中を見てごらんなさい
ああっ、水の色がおかしいと思ったらこれはドンペリのピンクだ
そしてそのドンペリの中を、シャネルとグッチのロゴの魚たちが泳いでいる!!
どう魅力的な釣り堀でしょう
・・これは釣りに対する冒とくだ
あら、お気に召さない?
頭がおかしくなりそうだ
僕は家に帰ってゲームをやる
その望みもここでかなえてあげるわ
えいっ
何だ?
巨大なスクリーンの画面に・・
ああっ、今僕がやってる「スーパーマルオ」のゲーム画面じゃないか
よーく画面を見てみなさい
何てことだ、横スクロールのステージ全てが、シャンデリア、シャンパン、ゆったりしたソファーというVIPルーム仕様になっていて、全く代わり映えがしない
ラスボスのケッパ大王も、もちろんVIPルームにいるわ
・・・これは横スクロールアクションに対する冒とくだ
どう、あなたの生活サイクルをVIPまみれにしてやったわ
残念ながら、全く僕にはVIPルームの魅力が理解出来ないね
ふう、残念だわ
世界の中枢はもうVIPの手に落ちているのに、あなたみたいな少数の抵抗者がまだまだいるのよね
世界の中枢がVIPルームの軍門に下っているだと
ええ、あなたは知らないでしょうけど
人間の欲望の真理はアルファベット3文字で表現出来て、なおかつその3文字がこの世を裏から牛耳っているのよ
さっぱり意味が分からない・・・
CIA、FBIとかはVIPの強力なライバルだったわ
またアメリカが世界の覇権を取れたのもUSAという三文字だったからなのよ
3文字ということが重要ってこと?
ええ、だからsoftbankは長すぎるし、docomoは六文字、KDDIは惜しいけど4文字
auは短すぎるのよ、だからどこも電波利権の王者になりそこねているのね
3文字こそが真理だというのか
その通り、そして私は先月苦労の末
FBIとCIAをまとめて骨抜きにしたのよ
何てことだ
何で彼らはやられてしまったのだ・・
簡単よ、絶対に出れないVIPルームを繋ぎ合わせた
「リアル脱出ゲーム」に閉じ込めたのよ
ちょっと良く分からんです
なんて理解力が乏しいのかしら
謎を解いて解きまくったところで、出てくるのは最高級のシャンパン、シャンデリア、革張りのソファーばかり、開始30分で彼らは骨の髄までVIPルームに沈んだわ
新しい種類の恐ろしさだ・・・
そして私は3文字の頂点に立った
すなわち人類の精神の頂点に!!
もう誰も欲望の魔の手から逃れることは出来ないわ
いや、君は重要なことを忘れているよ
重要なこと?
そう、それは「君自身の欲望」はどこにあるのかということさ
私自身の欲望・・・
君は他人の欲望の暗い部分をVIPルームという形で、作り続けてきた
しかし、そこには君自身の欲望はまるでないんだ
私自身が無い・・・
つまり君は、空っぽの人形みたいな存在だ
だからこそ、君はVIPルームを出て太陽の光を浴びて自分を見つめなおすことが必要なんだ
・・・・・
・・・・・
いや、私はここで欲望に身を焼かれてミイラになってる人間たちを見下ろすのが好きだから、今幸せなんだけど
うーん、やっぱり今思いついた理論じゃ無理だったか・・・
ふわあ・・・
もうあなたと喋るのは飽きてきたわ
えいっ!
あれ、視界が・・・
あっ、牛丼の中にそばが沢山はいってて、エルメスの魚の店員さんが粗大ごみを蹴りつけてるぞお、そしてどこまで行ってもVIPルームだあ
あはははは
欲望が元々そんなにないあなたにはこの世界は生きにくいでしょう
だから私が優しい狂気の世界に送ってあげたわ
・・・さあ、これから世界を欲望が覆いつくすわよ
人類は今もなお、VIPルームの欲望に打ち勝つことが出来ないでいる。
<完>