その街は、赤茶色の淀んだ空気に包まれている。
鉄筋コンクリートの錆びた匂いと、年季が入ったプレハブ小屋が放つ廃工場のような匂い。
さらにそれに加え、肉体労働者の汗や残飯の香りが、無秩序に入り混じったその街は、その匂いが空気にも、色として映り込んでいるような感覚を抱かせる。
その街の東の方向にある、夜になっても半分以上が明かりを灯すことは無い繁華街の外れ。
そこに建つ、赤茶けた鉄製の2階建てのアパートに、少年は住んでいた。
12月24日、世間はクリスマスである。
少年の両親は共働きで、父も母も夜の仕事をしている。
そのため少年はほとんど毎日、父がくれる食費でコンビニの弁当を買うか、母がきまぐれで作り置いてくれる料理をレンジで温めて食べるという生活を繰り返しており、クリスマスも例外では無かった。
そして食事をした後は、時々スマホをいじったりする以外は何をするでもなく、ただ一人夜が過ぎるのを待つのであった。
散らかった食卓のうえには乱雑に放置されている3冊の本がある。
一つは父が親戚から譲り受けた、かなり昔のサンタクロースの登場する絵本、もうひとつは2000年代の表紙が擦り切れた自己啓発系の本、そして3つ目は、数年前に父が初めて買ってくれた世界各国の昆虫図鑑。
この3冊がこの家にある、唯一の文化的なジャンルに属するものだった。
少年は、もそもそと、机に伏せていた上体を動かし、カップラーメンのゴミをどけてサンタクロースの絵本を手に取った。
少年は別段、今の暮らしに希望も絶望もしてはいなかった。なぜならそもそも比べる対象が無かったからであり、少年に取って今の暮らしが良いのか悪いのか判断が付かなかったからである。
しかしその絵本の中の、もみの木に囲まれた赤いレンガの煙突のある家や、食卓に並ぶ七面鳥やクリスマスケーキ、優しそうな両親の慈しむような表情は、少年にクリスマスというイベントに対しての憧れを植え付けた。
その絵本の一番の見せ場は、両親が寝静まった頃に、そっと煙突から忍び込む、赤い三角帽をかぶったサンタクロースの登場だ。
白い豊かな髭を蓄えた優しそうなおじいさんが、おもむろに袋から特大のプレゼントを取り出す。
しかしおじいさんは、用意された子供用のソックスにプレゼントが入らないことに戸惑い、仕方なく少年の枕元に手紙を添えてプレゼントを置き、煙突から出ていく・・・
「一度でいいから自分にもこういうクリスマスがこないかしら」と少年は何回読んだか分からない絵本を開くたびに思うのであった。
そして今年も例年通り、サンタクロースはもちろんのこと、少年の周りには聖夜を喚起させるものは何一つなかった。
あるのは食卓の上に乱雑に置かれたカップ麺やコンビニ弁当の容器と、プレゼントではなく、プラスチックや生ごみがパンパンに詰まった半透明なビニール袋5つだけであった。
ごみや汚れた衣類が無い床のスペースに、上手く足を置く場所を見つけながら、少年はガスコンロの前に立ち、鍋のカレーに少し水を加えて火をかける。
昨日からカレーしか食べていなかったが、それでもコンビニに買いにいくよりはいい。
コンビニ弁当というのは毎日食べていると、それ特有の匂いが鼻に付くようになってくる。そして今となっては、少年はその匂いが特段、嫌いになってしまったのだった。
温めたカレーを、少し黄色くなっているご飯にかけて食べたあと、少年は気付かぬうちに少し眠ってしまった。
最近なぜかすぐに眠くなる、特に激しい運動や頭を使ったりしているわけではないのに不思議だ。壁にかかっている時計を見ると午前2時を回っている。
カレーを食べた食器を片付けようとしたその時、玄関のチャイムが鳴った。